本記事では、「NAMs (New approach methodologies)」という、動物実験に代わる安全性評価方法について、
- 動物実験代替法の概要
- NAMsの定義と歴史
- NAMsのメリットや導入の課題
をまとめます。
これまでの創薬研究などで、動物実験の代わりにin vitroなどの実験に置き換えた方法を、動物実験代替法と呼ぶことが主でしたが、近年は「NAMs」という言葉に置き換わってきているように感じます。
そんな「NAMs」について
- 動物実験代替法とNAMsの違いは何なのか?
- NAMsと呼ぶようになった経緯は?
など疑問に思ったことや、私の周りでも定義が曖昧な人が多かったこともあるため、
この記事でNAMsの定義やその概要についてまとめていきます。
再生医療・組織工学という人工的に臓器を作る研究についてまとめた研究まとめ。
動物実験代替法
動物実験代替法の概要
まず、NAMs (New approach methodologies)を知る前に知らなければいけない大事な「動物実験代替法」についてのおさらいです。
動物実験代替法は
“科学研究や教育、毒性試験、生産等の目的のための動物を用いる方法を動物を用いない方法に置き換えることであり、動物使用数の削減や動物使用に伴う苦痛の削減等を含むもの。”
(引用:動物実験代替法のバリデーション方法と行政的受け入れの現状、大野泰雄 Bull. Natl. Inst. Health. Sci. 122(2004))
とされています。
ざっくり表現すると、動物実験の3Rの原則を実現するための試験法です。
動物実験の3Rの原則
動物実験の3Rの原則とは、
Replacement:動物を用いない方法に置き換える
Reduction:動物使用数の削減
Refinement:動物使用に伴う苦痛の削減
の頭文字の3つのRをとって3Rと呼ばれています。
歴史
動物実験代替法の歴史は、
1959年に「人道的な実験技術の原則(The Principles of Humane Experimental Technique)」(R)で初めて3Rが提唱されました。
その後、1999年にはボロニア宣言(生命科学における代替法と動物使用に関する世界会議)にて3Rの原則が推進されました。
2009年にはEUで化粧品の開発における動物実験が禁止されるなど、制度として動物実験の規制が現実的になりました。
2022年末にはFDA(Food and Drug Administration:アメリカ食品医薬品局)のFDA近代化法2.0にて、新薬の臨床試験前の動物実験の義務が撤廃されました。
義務の撤廃については、あくまでも新薬の臨床試験を行うための申請に動物実験が必須では無くなっただけで、禁止というわけではないこと。
すぐに動物実験を廃止できるほど、in vitroなどの技術が確立されていないこともあって、新薬の開発においては動物実験はまだまだ0にすることは難しいのが現状です。
とは言え、このように60年以上もかけて、動物実験は徐々に動物を用いない実験系に置き換わろうとしてきています。
動物実験代替法が必要な理由
ここまでして動物実験代替法が推進される理由は何なのでしょうか?
一つは「動物愛護、動物福祉の観点」があります。
我々人間は動物の命を頂きながら生きています。
自然界の食物連鎖の都合上避けることができないことですね。
(最近は培養肉などの技術も進んできているので、そうとは言い切れなくなるかもしれませんが)
とは言え、不必要に動物を傷つけてはいけません。
動物実験は動物に対して、未知の薬の毒性を試験したりするものですので、当然動物が苦しむ可能性が高いですし、問題とされています。
このような動物愛護の観点から、このような動物の犠牲を減らしていくかが重要となります。
もう一つは「動物とヒトの種差の違い」です。
薬の開発の問題点でもありますが、マウスなどの齧歯類を使った動物実験では、ヒトに対する毒性を正しく予想できる確率は50%前後と言われています。(R)
ここについての詳細はこちらの記事でも解説しています。
ヒトと動物では臓器の構成、体内のシステムなどが異なります。
このため、動物で毒性試験を行った結果をもとに、ヒトに対して薬を投与すると、思っていた効果が出ないどころか、最悪の場合思わぬ危険性が生じるケースもあります。
これは動物の命の犠牲を無駄にしていることや、ヒトへの危険性、経済的な負担など様々な問題につながっています。
このことから、動物実験からいかに「ヒトに近い評価系に置き換えることができるか」が薬の開発における重要な課題となっています。
私自身、動物実験を行ったことがありますが、過去にハムスターを家族として迎え入れていたこともあり、動物実験を行った時の精神的にきつい部分は最後まで慣れないものでした。
動物愛護の観点からも、動物実験の有効性の視点からも、動物実験は行わなくて良いならば行わないに限ります。
NAMs
NAMsの定義
動物実験代替法について確認が終わったので、NAMsについてまとめていきます。
NAMsとは「New approach methodologies」の頭文字をとったものです。
定義は
“単独、あるいは他の方法と組み合わせ、動物に保護的でヒトとの関連性の高いモデルを用い、化学物質の安全性評価を改善し、結果として動物の代替に貢献できるin vitro、in chemico、in silicoによるあらゆる方法”(引用:F Sewell et al. Toxicol Res. 2024. )
とされています。
これまで動物実験で行ってきた毒性評価の問題を解決するために、
迅速、安価、有益な新しいアプローチ方法の開発を目指したものです。
歴史
NAMsの歴史を確認すると、
2007年に「US National Academy of Science」が提唱したとされています。(R)
in silico, in chemico, in vitroアプローチを統合し、総合的に化学物質のリスク評価を行う、動物を用いない次世代安全性評価方法(New Generation Risk Assessment:NGRA)に対し、NAMsはそれを達成するための手段の位置付けです。(R)
NAMsは様々なin vitroモデルと計算モデルを用いて、毒性安全性評価に新しい方法でアプローチすることを目指していますが、
動物実験による試験自体をまるっと置き換えることは目指していないということは、NAMsを使用する上で注意しておくべきポイントでしょうか。(R)
メリット
NAMsのメリットとして大きなものは、
「評価する種(ヒト)と同じ細胞、組織を使うため、評価の精度が向上すること」が挙げられます。
このメリットによって、
- 動物の使用数が削減できたり、動物福祉が改善できることへの貢献
- 科学的な進歩が進歩ことで、薬の開発の効率化ができ、経済的な利益への貢献
- よりヒトの応答性を再現した適切な評価方法が提供できるようになること
- ヒトに対する毒性などの作用機序の解明がこれまでよりも早く進むこと
などが期待されています。
NAMsを用いた安全性評価の例としては、下記のような方法が開発されてきているようです。
- データサイエンスで近年期待が高まってきている、計算、モデリング、機械学習の活用
- 予測を行いたい物質(ターゲット物質)に対して類似性のある物質(ソース物質)のデータを用いて、予測を行いたい物質の毒性等のエンドポイントのデータギャップの穴埋めを行う方法である「read-across」や複数の化学物質を同時に検討するアプローチである「groping approach」といった方法
- ハイスループット、ハイコンテクストデータの利用
- ex vivo、in vitro評価、2次元培養から発展した3次元培養やMPS (Microphysiological system)
課題
FDA近代化法2.0による動物実験の義務の撤廃によるきっかけや、MPSの技術を提供する企業によるin vitro評価による試験結果が実際に動物実験の代わりに用いられた例が出てきましたが、NAMsが実用化されるためには、まだ課題も多いようです。
実際に使用例や論文による報告が増えてきていますが、NAMsの技術はまだまだ発展途上とされています。
複雑なエンドポイントの評価に対してはNAMsでは評価することができず、動物実験が必要であるとも考えられています。
また、動物実験の歴史が長く、それなりに信頼が厚い状態に対して、歴史が浅いNAMsによる手法は抵抗感が強いという意見も多いようです。(R)
そして、バリデーションや標準化といった公式な検証を行い、ガイドライン化されている例が不足している点も実用化や信頼獲得の障壁となっているようです。
NAMs自体、単一のもので動物実験を置き換えることを目的としていないこともあり、NAMs単体で全ての危険性を予測することが困難なのが現状です。
現状の技術では複数のNAMsを組み合わせても毒性評価の領域全体をカバーすることは難しいとも考えられているようです。
NAMsが実際に活用されるためには、現在の動物実験によるヒトの毒性応答の再現率が50%程度であることをいかに上回ることができるかや、既存のデータと比較した有効性の評価をしていく必要があるため、これまで以上に投資が必要になりそうです。
バリデーション(標準化)とは
NAMsを実用化するためにはバリデーション(標準化)を避けて通ることはできません。
このバリデーションとはなんでしょうか?
バリデーションとは、
“候補試験法について、試験結果の信頼性と再現性を証明し、それが特定の毒性試験の目的に使用できるだけの確実性があることを確認する手順”
と定義されています。(R)
in vitroの安全性試験法は、in vivoよりも細胞の特性が変化していたり、生体の機能を完全に再現できないことが多いです。(参考記事)
そのため、国際的に新しい試験法を使用するためには適切な手順に沿って行われた試験結果をもとに、その方法の妥当性が提示されることが重要とされています。
バリデーションを行って認められた試験方法は、
OECDやICHのガイドラインなどに記載され、実際の安全性試験に用いられることができます。
バリデーションの工程は、ざっくり内容をあげるだけでも
・試験方法(安全性評価のプロトコル)の設定
・数十種類の試験物質の選定
・設定したプロトコルと試験物質を用いた試験でどの程度正確に測れるか
・他施設でも同様のプロトコルを用いて再現できるか
・そのための技術指導
などなど、自身の機関だけでなく、たくさんの協力者とリソースが必要な負担の大きなものとなります。
これだけしっかりと評価を行って、ようやくきちんと使用するに値する試験方法であることが確認されます。
このように、科学技術を実用化するためには、特にヒトの命に関わるような分野については、評価の高い研究結果を出し、論文として形にするだけはダメで、
バリデーションのように地道で大変な仕事をしていく必要があります。
まとめ
本記事は、「NAMs (New approach methodologies)」という、動物実験に代わる安全性評価方法について、
動物実験代替法との関係を確認しながらNAMsの定義やメリットなどをまとめました。
動物愛護や人間の反応の再現性の問題だけでなく、
医薬品開発のコストが上がる中、薬価が上がらずに製薬企業も苦しい状況の昨今、
NAMsの技術によって少しでも問題が解決されていくことに期待ですね。
参考文献
- F Sewell et al. New approach methodologies (NAMs): identifying and overcoming hurdles to accelerated adoption. Toxicol Res (Camb). 2024.(Link)
- New Approach Methods (NAMs): FDA(Link)
- 辻 嘉代子 et al. New approach methodologies の活用による新たな薬理評価法の開発. Folia Pharmacol Jpn. 2021.(Link)
- 櫻谷 祐企. 動物実験代替法の活用による多種多様な化学物質群の評価の合理化. 化学物質の安全管理に関するシンポジウム. 2018.(Link)
- 大野泰雄. 動物実験代替法のバリデーション方法と行政的受け入れの現状. Bull Natl Inst Health Sci. 2004.(Link)
- 秋田 正治 et al. 日本における動物実験代替法の歴史ならびに動向. Folia Pharmacol Jpn. 2022.(Link)
- 小島 肇. 代替法試験の基礎から最新知見まで. 2016.(Link)
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