皆さんは研究に携わる時に基礎研究と応用研究のどちらからスタートするのが良いと思いますか?
基礎が大事だから基礎からという意見。
興味があるのが応用だから応用研究からという意見。
様々あると思います。
今回は、再生医療という応用研究分野からスタートして6年間携わっている私が経験し、感じたことをもとに、研究の入り口について応用研究の視点でアウトプットします。
結論としては
応用研究は基礎研究をやってから入った方が将来的に有利であるのは事実だけど、
「応用研究から入り、研究の出口を理解してから、基礎研究をやって、そのあとは自由に」
というスタイルが最強なのではないかと考えます。
それでは、応用研究の視点から細かく見ていきましょう。
まず、応用研究とは何かを確認します。そして応用研究のメリット・デメリットを見ることで、研究の入り口について考えていきます。
応用研究とは
応用研究というのは基礎的な分野が組み合わさって、新しく開拓された分野が多いです。
つまり、一つの分野では達成することができず、様々な分野が集まって、新たな手法で取り組んで解決しようということです。
例えば、私の専門分野である「再生医療」を見てみましょう。
再生医療と言うからには「医療」です。と言うことは基本は「医学」と考える人が多いです。
ところが、再生医療を実現するためには「医学」だけでは足りません。
- 人の体の仕組みを理解し治療方法を探る「医学」
- 細胞の細かな仕組みを理解して制御する「生物学」
- 細胞の制御をするための新しい材料を作る「化学」
- 体や細胞の状態を診断して把握する原理を見つける「物理学」
- 上記を組み合わせて新しいものを作る「工学」
- 人や細胞を狙った通りに制御する薬を作る「薬学」
その理由は、再生医療の定義は「細胞や薬を作って人間の再生力を高めることで治療する」ということだからです。
さてここで、再生医療(応用研究)の研究をしたい!と思った時にどうしたら良いでしょうか。
方法は二つで、
- 再生医療(応用研究)の研究を行なっている研究室に行く
- 再生医療(応用研究)もちょっとやってそうだけど、メインは基礎研究。
あなたならどちらを選びますか?
ちなみに私は前者を選択しました。
選択肢にメリットデメリットという二つの側面はつきものなので、前者を選択した一個人として、それぞれをみていきましょう。
応用研究のデメリット
デメリットは下記の3つだと思います。
- 流行りが過ぎたら過疎る、基礎から流入してきた人が流行が去ったら一緒に去る
- いきなり応用系にいくと次のポストがない
- 研究者は割と基礎至上主義だから、なかなか評価されない
流行りが過ぎたら過疎る、基礎から流入してきた人が流行が去ったら一緒に去る
1つ目のデメリットは研究の資金面についてです。
研究と言うのは残念ながら流行りというものがあります。
流行りと行っても、国が分配する研究費が、国が注目している研究分野によって増減するという感じです。
ここで増減しやすい研究費としては、基礎研究向けのお金ではなく、応用研究向けのお金となります。
例えば国が再生医療に着目していたけれど、ある程度見切りをつけて予算を減らしたとします。
予算が多かった時は、研究費をもらうことができる人が多かったので、再生医療を専門としている人の他に、基礎研究からもたくさんの人が研究に参入してきます。
しかし、予算を減らされると再生医療関係で予算をもらえる人が少なくなります。
この時、再生医療をメインにやっていくと少ない予算を勝ち取らなければ生きていくことができません。
ところが、基礎研究をベースとしている人は、予算が取れなくても他にできることはたくさんあるので、去っていきます。
(お金が取れなかったらその研究をやりたくてもできないですしね。)
基礎研究をやっていた人は多少予算の配分が増減したとしてもうまく動くことで生き残ることができます。
しかし、応用研究をベースとしている研究室はこのように柔軟に動くことができません。
いきなり応用系にいくと次のポストがない
2つ目のデメリットは就職先についてです。
みなさん非常に気になる就職先ですが、ここでも応用研究はデメリットが多いと思います。
就職先については企業と大学(アカデミア)で研究者として想定して書きます。
企業に就職したいと考えている場合、1つ目のデメリットでも書いたように、応用研究は多少なりとも流行に影響を受けます。そして、企業もまた流行に敏感です。
企業の場合、お金を稼ぐことが目的です。となるとどうしても、みんなが注目していて、欲しいと思うような技術に注力します。
自分が携わっている応用研究が世間的に求められている場合、就職先は引く手数多でしょう。しかし、流行がすぎてしまっているような分野だと、企業としてもそれしかできない人材は正直求めません。
基礎的すぎても逆にあまりマッチングする就職先はありませんが。
次に、大学(アカデミア)で研究者として残りたい場合です。
この場合、就職するとなると、研究室のポストドクター(研究員)→助教授→准教授→教授というルートが一般的です。
そしてこの役職にはポストという”枠”があります。簡単に言うと人数制限ですね。
この枠に入ることができるかどうかが、大学で研究者としていきていくために必要なことです。
そして、応用研究を専門でやっている研究室は基礎研究分野に比べて少ないです。
と言うことは、応用研究だけをやっている人はより倍率が高い争いになるわけです。
基礎研究はどちらにも進みやすいので、ここは明らかに応用研究分野のデメリットになります。
つまり、応用研究に進んだ場合、就職のしやすさがより一層運任せになる確率が高まります。
研究者は割と基礎至上主義だから、なかなか評価されない
3つ目のデメリットは業績についてです。
これは大学である程度業績を出そうと思った時に苦労するとこだと思います。
大学で生きていきたい人も、就職をより良く有利にしようとする人も業績稼ぎが必要です。
この業績を得るためには、学会発表や論文を評価してもらうことが必要になりますが、評価者が問題となります。
研究者の多くは基礎研究の人間が多いです。そして応用研究と基礎研究では求めるゴールが大きく違います。
となると、応用研究をしている人が基礎研究専門の人に評価をもらおうとすると、どうしても話が噛み合いません。
なので、応用研究で評価されるためには基礎研究の人に理解してもらえるような、話の作り、データが必要になってきます。
正直手間ですが、必要なことになります。
評価者の大多数が基礎研究者なので、業績を稼ぐためにはその人たちに理解してもらうための苦労が発生します。
続いてメリットに移ります。
応用研究のメリット
メリットは下記の3つになります。
- 最先端の研究を行うことができる
- 複合分野が多いので沢山の分野を学べる
- 流行りの研究が多いため、研究費が潤沢な時期が多い
最先端の研究を行うことができる
一つ目のメリットは大きな夢のある最先端の研究に携わることができることです。
これは最も大きなメリットだと思います。
応用研究というものの多くはとても最先端を走っています。
例えば、iPS細胞ができた時なんかは、応用研究である臓器を作る研究というのが非常に大きな注目をされてきました。これまでに誰も達成したことがなく、再生医療の花形とも言える興味深い研究です。
こういったチャレンジングな研究に携わることができるのは応用研究の強みだと思います。
基礎研究ベースの研究者はどうしても、自身のオリジナルの研究、あくまでも基礎研究が中心という縛りを自分で作っているため、なかなかこういったチャレンジングな研究を行うことが難しいそうです。
やはり、研究は好奇心があってこそなので、最先端ほど、自分がやってみたいとか気になるとか思う分野になるのではないでしょうか。
複合分野が多いので沢山の分野を学べる
2つ目のメリットは対応できる分野が増えることです。
これも将来的には大きなメリットになるのかもしれません。
はじめに解説したように応用研究は多種分野の複合なので、全てを学ぶ必要があります。
正直なところ、時間は有限なので、はじめは広く浅く、必要なところを深くしていくという感じです。
悪く言えば器用貧乏ですが、良く言えばオールラウンダーです。
私の尊敬する研究者の言葉で、「全く関係のなかったものが繋がるときがすごく新しいものができた時」というようなものがあります。
多種分野という一見してバラバラな分野ですが、研究を行う中でそれぞれが繋がることでこれまでにないものができてきます。
このようなことができる人は、どの分野でも対応できる能力が必要です。そして、その能力を磨きやすいのが応用研究の利点だと思います。
企業でも、その時の会社の都合によって、研究内容とうのは常に移り変わっていきます。おそらく大学での研究よりも大きく頻繁に変わることでしょう。
そして、ここで求められる能力も、研究テーマが変わっても対応ができることだと思います。
全てが浅いままの器用貧乏ではいけませんが、オールラウンダーになればそれは立派な一つの能力になります。そしてオールラウンダーになりやすいのが応用研究に携わる一つのメリットです。
流行りの研究が多いため、研究費が潤沢な時期が多い
3つ目のメリットは、流行りに乗っているときはものすごく研究費が潤沢であるという点です。
一研究室の年間の研究費はどれぐらいだと思いますか?
没落する地方国立大の何とも悲惨な台所事情 個人研究費年50万円未満の教員が6割、東洋経済、2018年2月5日
少しオーバーかもしれませんが、大学から支給される研究費は年間50万円だそうです。
(ちなみにバイオ系では数回分で数万円の試薬とかザラなので、全く足りません。)
ここに、競争的資金という国が支給する研究費を勝ち取っていくことで、研究費が増えていきます。
だいたい数百万〜数千万という研究室が多いのではないでしょうか。
この時に、国が流行らせたい研究分野では、超大型の研究費の募集があります。この研究費を勝ち取ったグループは数億円という本当に使い切れるかどうかわからないような莫大な研究費がもらえます。
好きな試薬を好きなだけ買ってもらえるほど素晴らしいことはありませんよ!
貧乏だとあの手この手で実験をやりくりする必要があるので。
(とはいっても、その中から新たな発見もあるので一概に貧乏が悪いと言うわけではありませんが。)
資金面が裕福であると、学会にもたくさん連れて行ってもらえますし、学生への補助も潤沢です。
苦労せよとは言いますが、できれば研究の中身で苦労してお金では苦労しないほうが研究もスピーディーに進むのは事実です。
このように流行りの研究では大型の資金を獲得した研究室が少し増え、またその確率は応用研究ほど多くなるので、ここは応用研究のメリットですね。
なぜ応用研究が多くなるのかと言うと、この流行りの研究分野の研究費は、応用し社会に還元する目的の方が多いからです。
詳しくは、こちらの記事で解説しています。
トップダウン型の研究費と言うのですが、社会実装する分、出口に近い応用研究の方が有利なマッチングになります。
応用研究で進んだ私の後悔
私はこれまで、大学学部生の頃から、一貫して「再生医療」という応用分野で進んできました。
それについて良かった点と良くなかった点があるので、アウトプットします。
良かった点
研究の入り口としては、応用研究を選択して良かったと思います。
と言うのも、応用研究では、基礎研究がどのように応用され、どのように社会に出されようとするかという「研究の出口」をしっかりと把握することができたからです。
基礎研究ほど好奇心や学術といった応用から遠いところにいます。もちろんこれが悪いことではありません。
しかし、これらの欠点としては自分の研究の出口がわかりにくいため、他人に研究をインパクトがあるように説明することが難しくなります。
一方、応用研究では「出口」が把握しやすいので、研究の目的やインパクトを明らかにしやすいです。そして、その目的を達成するためには何が必要なのかと言うことを俯瞰的に見定め易いと思います。スタートからゴールまで把握しているわけですからね。
後悔している点
博士課程修了までの6年間、ずっと応用研究に携わっていました。
その後悔としては、「どこかで基礎研究をやっておくべきだった」です。
応用研究は基礎研究から得られた知見を使って新しいものを作る。になりますが、どうしても自分で何か新しいものを作る時には基礎研究の分野に少しでも足を踏み入れる必要があります。
この時に、基礎研究の経験があれば、すんなりいくことができます。
また根本的なオリジナリティとして、基礎研究での硬い地盤は非常に大きなアドバンテージであると考えます。
何事も基礎は重要ですからね。
まとめ
今回の記事では基礎研究と応用研究についてを見てきました。
研究の入り口としてどちらを選択した方が良いのかということについては、私自身の経験と後悔に基づいて考えると、
「研究の入り口は応用研究で全体(特に出口)を把握する。次に基礎研究で自分が必要だと感じた部分を突き詰める」
がよいのではないかと考えます。
つまり、どちらかだけに偏るのも良くないのではないでしょうかという意見です。
これが絶対に正しいわけではないですし、人の向き不向き、興味の有無も重要です。
一つの意見として参考いただけると嬉しいです。
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