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液体のりの成分とスライムの原理を癌の治療に応用【論文メモ5】

研究ライフ
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本記事では、「液体のりの成分」と「スライムの原理」が癌の治療に有効であるという論文を読んで学んだことについてアウトプットします。

論文の内容と言うよりは、論文で使用されている技術の原理などについて私が調べ学んだことのアウトプットなので、「論文がよく分からない」と言う方でも安心して読めるよう、分かりやすく頑張ります!

2020/1/23に下記のようなニュースがありました。

本記事のタイトルにもあるように液体のりの成分(ポリビニルアルコール、polyvinyl alcohol:PVA)が癌の治療効果を高めるというニュースです。

さらにその半年前ぐらいにも、液体のりの成分が白血病の治療に役立つという論文が発表されており、当ブログの過去記事でも論文メモ「液体のりで幹細胞を長期間培養するまさかの方法【論文メモ】」でアウトプットしています。

ではなぜ液体のりの成分が癌の成分に効くのか詳しく見ていきましょう。

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論文について

論文情報

タイトル:Poly(vinyl alcohol) boosting therapeutic potential of p-boronophenylalanine in neutron capture therapy by modulating metabolism

著者:Takahiro Nomoto, Yukiya Inoue, Ying Yao, Minoru Suzuki, Kaito Kanamori, Hiroyasu Takemoto, Makoto Matsui, Keishiro Tomoda and Nobuhiro Nishiyama

雑誌:Science Advances (https://advances.sciencemag.org/content/6/4/eaaz1722

プレスリリース:「スライムの化学」を利用した第5のがん治療法―液体のりの主成分でホウ素中性子捕捉療法の効果を劇的に向上(https://www.amed.go.jp/news/release_20200123.html

論文の要約

癌の治療方法の1つとして、「ホウ素中性子捕捉療法」という方法が研究されているそうです。これは、「がん細胞にホウ素を取り込ませる技術」と「ホウ素と中性子線による核反応」という2つのポイントを利用して、ホウ素を取り込んだ癌細胞だけを破壊すると言うものです。
しかし、「がん細胞を破壊しきるまでホウ素が細胞の中に留まらない(細胞から吐き出される)」という課題がありました。

この論文では、液体のりの成分(PVA)にホウ素を結合させることで、細胞のホウ素の取り込み効率・取り込み時間が向上することがわかり、ホウ素中性子捕捉療法の治療効果が高まるという報告です。

論文で着目する技術

私が着目した技術は下記の3つです。

  • ホウ素中性子捕捉療法
  • 液体のりの成分(PVA)
  • 細胞への取り込み

上記について調べてみたことを簡単にまとめてみます。

ホウ素中性子捕捉療法

これはホウ素と中性子の核反応を利用した治療法だそうです。癌細胞が取り込んだホウ素に中性子が当たるとエネルギーを放出することで、癌細胞のみを除去すると言うもので、正常の細胞はホウ素を取り込まないため、ダメージが少ないというもの。

なぜ、癌細胞のみがホウ素を取り込むかというと、ここに工夫があります。ホウ素はチロシンという必須アミノ酸と結合したもの(BPA:p-boronopehnylalanine)を使うことによって、癌細胞だけがもつLAT-1(L-type amino acid transporters 1)という細胞の内外の物質をやりとりするタンパク質を通過することができます。正常の細胞にはLAT-1というタンパク質がないため、取り込みが起きないそうです。

LAT-1はアミノ酸輸送体と言われているように、チロシンというアミノ酸を取り込んだりすることが、本来の役割です。その取り込まれるアミノ酸にホウ素をつけることでついでに取り込ませるという感じですね。

(また、本来は輸送体は何かを取り込む代わりに何かを吐き出すという「交換」によって物質を取り込んだり吐き出したりしています。上記の図だと、BPAの取り込みの際にはグルタミンを吐き出し、BPAの吐き出しの際にはチロシンを取り込んでいるとのこと。)

しかし、課題があり、癌細胞に取り込まれたホウ素(BPA)は同じくLAT-1というタンパク質を経由して細胞の外に出てしまうそうです。このときの、細胞の中に止まっている時間が短いことがホウ素中性子捕捉療法の効率を下げてしまうそうです。

ちなみに、「ホウ素中性子捕捉療法」はまだ研究段階とのこと。

参考

・BNCT(ホウ素中性子捕捉療法)について、関西BNCT共同医療センター(https://www.osaka-med.ac.jp/kbmc/bnct/about.html

・中性子捕捉療法とは、日本中性子捕捉療法学会(http://jsnct.jp/about_nct/index.html

液体のりの成分(PVA)

液体のりの成分であるポリビニルアルコール(PVA)が、この論文での主役ということで、ニュースなどでは「液体のりが癌に効く!」なんて感じで報道されていましたね。

PVAは下図のような構造をしているものです。

実は、PIVは液体のりだけでなく、医療用の材料や細胞を培養するために使われており、バイオ系研究者にとっても馴染み深い材料なんです。
PVAの何が良いかというと、安くて医薬品としてすでに利用されているということです。コスト削減に貢献し安全性もお墨付きというのは素晴らしいですよね。

なぜPVAが「ホウ素中性子捕捉療法」に有効なのかについてです。
簡単にいうとPVAにホウ素(BPA)がくっつくからというところがキモとなるそうです。

構造で示すとこんな感じ

ニュースの報道では「スライムと同じ原理」という感じで報道され、ネバネバになるのが良いと勘違いしている人がいましたが、実際はスライムのようにネバネバにはなりません。

スライムはPVAをホウ酸が結びつけることによってゼリーのようなネバネバになりますが、この論文の技術はBPAがPVAとくっつくところが1方面にしかないので、PVA同士はくっつかずネバネバにはならないと言うことですね。

ちなみにこの結合のことを「ボロン酸エステル結合」と言うそうです。より勉強してみたい人は是非ググってみてくださいね。

次はPVAに結合したホウ素がどのように細胞に取り込まれるかを見ていきましょう。

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細胞への取り込み

上記でも説明しましたが、ホウ素(BAP)がLAT-1という細胞の膜上のタンパク質を通って癌細胞に取り込まれることが「ホウ素中性子捕捉療法」の原理でしたね。

ではホウ素がPVAにくっつくとどうなるでしょうか?

実はPVAはLAT-1というタンパク質のトンネルよりも大きいのでホウ素がくっついたPVAはLAT−1を通って細胞の中に入ることができません。
なのに、細胞の取り込み効率と取り込んでいる時間が向上するというのは不思議ですね。

そこでポイントになる細胞の仕組みが「エンドサイトーシス」というものです。
エンドサイトーシスというのは細胞の外の物質を、細胞の膜を使って包み込むことで内部に取り込みます。

この仕組みによって、細胞は膜上のタンパク質のトンネルを通らない大きな分子、時には他の細胞までも取り込んでしまうそうです。

そしてこの「エンドサイトーシス」は無闇やたらに細胞の周りの物質を取り込んでいるわけではありません。細胞の膜にあるタンパク質にくっついたものを集中的に取り込む能力を持っているそうです。この仕組みによって、細胞の外に少ししかない物質も100倍以上の効率で取り込むことができるそうです。

つまり、ホウ素がくっついたPVAでは、ホウ素の部分がLAT-1というタンパク質にくっつき、それがエンドサイトーシスという仕組みによって細胞の中に取り込まれるそうです。

普通に取り込まれたホウ素は細胞質内を漂っていますが、エンドサイトーシスによって取り込まれたホウ素とPVAは膜に包まれた粒子のような状態(エンドソーム、リソソーム)になっているため、細胞の外に出にくいそうです。

この仕組みによって、細胞へのホウ素の取り込み量、取り込み時間が向上したということだそうです。

参考

・細胞の分子生物学 第5版、ニュートンプレス

まとめ

以上が「液体のりの成分とスライムの原理を癌の治療に応用する」という趣旨の論文を読んで調べたことについてのアウトプットでした。
材料と細胞の仕組みを上手く使った非常に面白い研究でしたね。

論文は一見難しそうな内容ですが、このように各ポイントを分解してみてみると、意外と基礎の組み合わせでできており、とっつき易くなりますね。
逆に基礎を理解していないと論文を読み解くの難しいと言うことでもありますが。

そして、基礎としては上記でも紹介した超有名な「細胞の分子生物学 第5版」が非常に素晴らしい教科書なのでおすすめです!現在は第6版となっており、待望の電子書籍版もあるので買うしかありませんね!
教科書としての使い方はもちろん、辞書のような使い方もできるのでずっと使っていける素晴らしい教科書だと思います。

さらに超初心者の方には「Essential細胞生物学、南江堂」がおすすめで、細胞の分子生物学をより簡単にまとめたような内容になっているおり、これから細胞の事を勉強したいけれどどの教科書を選べば良いかわからないという方は、ぜひ「Essential細胞生物学」から始めてみてはいかがでしょうか。

これからも、【論文メモ】では、このように論文についての解説と言うよりは、論文で使われている「基礎」について勉強したことをアウトプットしていこうと思います。

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