今回は、3Dプリンターを用いて身体の主成分の一つであるコラーゲンを、高解像度で立体的に印刷し、心臓を印刷することに取り組んだ研究に関する論文についてのアウトプットになります。
この論文では、これまでに達成できなかったコラーゲンを用いた印刷の高解像度化を達成したそうです。そして、この技術を用いて、心筋細胞を含んだ立体構造を作ることで、心臓のような構造を作ることを達成たそうです。さらには、実際に機能する心臓の弁の作製や心臓の3DCGを元に心臓丸ごとを印刷することにも取り組んでいます。
論文の情報
論文タイトル:3D bioprinting of collagen to rebuild components of the human heart
雑誌名:Science(2019年8月2日)
著者:A. Lee, A. R. Hudson, D. J. Shiwarski, J. W. Tashman, T. J. Hinton, S. Yerneni, J. M. Bliley, P. G. Campbell, A. W. Feinberg.
背景
これまで3Dプリンターを用いて細胞を印刷することで3次元の構造物を作ることで、臓器の作製がとりくまれてきました。
しかし、その試みは
- 3Dプリンターと相性のよい材料が細胞の増殖を邪魔する
- 細胞にとってよい材料は3Dプリンターと相性がよくない
そこで、この論文では細胞にとって良い材料(コラーゲン)で、いかに精密に3次元の構造物を作るかということで、これまでの課題を打破しようと試みたそうです。
研究内容
この論文のポイントは下記の3つだと思います。
- コラーゲンを用いて高解像度の立体印刷を実現
- 機能する実寸大の心臓の弁を作製
- 心臓の3Dデータを忠実に再現した心臓の印刷
コラーゲンを用いて高解像度の立体印刷を実現
これについては本当にすごいと感じました。というのも、この手の3Dプリンターは注射器からインクを徐々に出していくことで描画するものでした。
(チョコペンで絵を書く感じです。)
この方式だと200μmぐらいの解像度が限界と言われていました。
ところが、本研究の技術を使用するとなんと、20μmの高解像度で印刷できるようになったとのことです。まさにブレイクスルーとなる研究成果ですね。
さらにすごいことはコラーゲンを使用しているということです。
通常、細胞用の3Dプリンターなんかは「アルギン酸」という昆布から取れる成分を使用しています。これはカルシウムで瞬時に固まるので立体的な造形をすることが得意です。ところがその反面、細胞に毒性はないものの、細胞がくっつくことができないため、成長することができません。
なので、コラーゲンをはじめとした、身体を構成するタンパク質を使うことが望まれるとされていました。
その大きな課題として、固まるのが遅いから立体的な構造を作ることが難しいとされてきました。無理やり、固まるのを早める薬品や光で固まるような工夫をしてきましたが、それらは細胞を傷つける可能性が高いと言われています。
その中で、この論文は困難とされていたコラーゲンを用いて微細な構造を余計な薬剤を使うことなく作ることを達成しているので、本当にすごいと感じます。
具体的な方法は、極小(直径25μmぐらい)のゼラチンの粒子を溜めた容器の中に、注射針の先端を差し込んで、インク(コラーゲン)を注入することで描画してきます。ゼラチンの粒子がコラーゲンをその場に留めることで、少し固まるのが遅くても問題ないということだそうです。
機能する実寸大の心臓の弁を作製
この論文では、心筋細胞とコラーゲンを3Dプリントすることで、心臓の一部を印刷することで、心筋細胞の働きによって拍動する心室のような構造を作っています。
さらには、実寸大の心臓の弁(逆流を防ぐパーツ)を作製したそうです。
この弁は、実際の身体の中には入れてはいないものの、身体の外での試験では、身体の中と同様の血流条件である程度の機能していたそうです。
人工の心臓の弁は、これまで金属製や動物のものから作られていたので、コラーゲンと人の細胞から、その人に合わせたものを作ることができたら革新になりそうです。
ここですごいのは、ある程度ではあるものの実際に機能するものが作ることができていることです。
形を作るのは意外と簡単なのですが、機能も伴うとなると数段階高いレベルが要求されます。その中で、まだ体外ではあるものの機能を持っているということを示せたのは大きなことだと感じます。
心臓の3Dデータを忠実に再現した心臓の印刷
今回、高解像度の印刷が可能になったことの最も大きな強みの一つだと思います。
3Dプリンターの大きな特徴の一つが3Dモデルを設計図として印刷することができることです。今回の様にMRIから得られた心臓の形を忠実に再現することは非常に困難でした。というのも、実際の心臓は数μmのレベルで複雑な構造を持っているからです。ところが、本研究では十分にそれをクリアできるほどの解像度を持っていることから、困難とされていた忠実な心臓の構造を印刷する可能性が示されたことになります。
本研究では、まだ細胞を入れて印刷はされていないそうですが、数年後にはある程度形になっているのではないでしょうか。
細胞を全く考えないプラスチックなどを用いたものではこれまで達成できていましたが、細胞を考えて、生のタンパク質の材料を用いてというのは本研究がまさに最先端を攻めたと感じます。
雑談
今回の論文はこれまで不可能とされていた、タンパク質という生体の材料を用いて高解像度の印刷の達成、機能する構造物の作製を達成した革新的な研究だったと思います。
いいところばかり書くと、心臓の印刷まであと少しだと感じてしまいますが、まだまだ課題は多いのが現状です。
- 20μmレベルでの解像度での構造の構築を達成できていますが、実際にはさらに細かい構造があること。
- 構造と機能を再現できているけれど、耐久度の問題。(弁なんかは、心臓が年間約4200回拍動しているのでこの回数を耐える必要があります)
- 大きなものを作るためには、大量の材料(細胞)と印刷速度が要求される。
といった課題があります。
とはいっても、研究は日進月歩なので、少しずつの進歩でも必ず達成される日がきます。
これからの発展に期待ですね。
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