読んだ論文についてのアウトプットです。
主に再生医療・組織工学、培養肉、AIの研究が中心。
今回のテーマは「人工細胞」についてです。
読んでみた論文はこの3報。
- 人工細胞を均一、安定的に作製するマイクロ流路システムを開発した研究
- 人工細胞膜とマイクロ流路を用いたpHセンサーを作る論文
- グルコースに応答してインスリンを合成、分泌する人工細胞を作る研究
人工細胞は前から耳にしたことはあったけれど、きちんと論文読んだことないなということで、作製の基礎的なものと、「バイオセンサー」と「物質産生」の応用的な計3種類の論文についてまとめます。
人工細胞を均一、安定的に作製するマイクロ流路システムを開発した研究
人工細胞は細胞の構造や状態を模倣したシステムで、細胞の特性を再現、解析するためのツールや膜タンパクを利用した物質産生やバイオセンシングへの応用に期待されています。
しかし、実用化のためには安定的かつ再現性良く作製する方法の開発が必要です。
そういった背景に対して、人工細胞の基本構造である脂質二重膜を安定的かつ再現よく作製するためのマイクロ流路を開発した研究が面白かったです。(日本の研究.com)
内容は、
- これまではガラスの細管を使ったデバイス、PDMSマイクロ流路を使ったデバイスで人工細胞が作製されて来ました
- しかし、デバイスや流量の精密な調整や親水性、疎水性の微細なコーティングをすることが大変だったようです
- これに対して、マイクロ流路の形状を変更することで、精密な調整や流路の微細なコーティング加工をせずに安定した脂質二重膜の小胞が作れるようになった
- 安定して作れるようになったは良いけれど、これまで通り人工細胞として機能するのか?を確認するために、小胞の内部でタンパク質の合成を行った
- 結果は、α-HLという膜タンパク質が合成でき、膜にも局在し、その膜タンパクを通じて物質の流出が確認できたことから、人工細胞として機能するものであった
とのことで、人工細胞を作るためのハードルを劇的に下げるようなすごい研究だと思いました。(PubMed)
安定性、再現性の改善だけでなく、従来よりも膜タンパクが脂質二重膜に挿入される効率も改善できているとのことです。
これまで人工細胞の研究に触れてこなかった身としては、そもそも特に制御しなくても膜タンパクが膜に局在して作用しているというところだけでも驚きではありましたが。
再生医療・組織工学でも様々な用途でマイクロ流路が用いられていますが、人工細胞でも強力なツールになっているようで、マイクロ流体デバイスの強力さを再認識しました。
この論文では、「人工細胞を作る方法」に関する、基礎的なものだったので、次は応用先の物質産生やバイオセンシングへの応用についての研究が気になるところです。
人工細胞膜とマイクロ流路を用いたpHセンサーを作る論文
次の論文は人工細胞の応用先の一つ、バイオセンシングに関する論文です。(PubMed)
上記の通り、人工細胞はイオンチャネルなどの膜タンパク質をもたせることで細胞膜の機能を部分的に再現できる特徴を持っています。
そしして、イオンチャネルなどを介した膜貫通のシグナルは分子センサーとして使用することができます。
この背景のなか、人工細胞の技術を使ってpHセンサーを作った論文が面白かったです。
内容は
- 人工細胞膜+キトサンハイドロゲル+多孔質シリコンからなるpH感受性材料で構築したマイクロ流体バイオセンサーを作製
- キトサンハイドロゲル上に固定した人工細胞膜の脂質二重層にグラミジンA(イオンを通過させる機能を持つ。イオノフォア)を挿入
- 膜外部のpH変化に応答し、H+がグラミジンAを介して膜内に流入すると、キトサンハイドロゲルが膨潤、厚みの変化が起こる
- キトサンハイドロゲルの厚みを測定することで、人工細胞膜を通過するH+の挙動をリアルタイムで計測できる
というもので、ラベルフリーの光学的方法で人工細胞膜を通過するイオンの動きのシグナルを検出した初めての論文かもとのことです。
これまで、人工細胞で蛍光物質を使った方法での取り組みはあったそうですが、人工細胞の安定性や蛍光物質の漏出などの問題があり、安定して計測することが難しかったそうです。
脂質二重膜は通常は固体表面に作製しても不安定で、この研究ではマイクロ流路内の非常に小さな領域にすることで安定性を向上させたようです。
また、マイクロ流路を用いていることからμL-nLの微小量のサンプルで測定できるという点も魅力的ですね。
このセンサーをアレイ状に配置して感度や測定対象物を増やすとすごいセンサーができそうだと思いました。
グルコースに応答してインスリンを合成、分泌する人工細胞を作る研究
3つめの論文は人工細胞を用いて、物質を産生する論文です。(WILEY)
糖尿病患者の治療では、毎日インスリン注射をする必要があります。
毎日自分で注射をすることになるので患者の負担は当然重たいです。
この問題を解決しようとして、グルコースレベルを感知し、膵島β細胞のようにインスリンを放出するシステムの研究が進められています。
これまでに、細胞治療だけでなくナノ粒子や小胞を用いたインスリン放出システム作られてきていますが、機能、毒性、反応の遅さなど課題はまだ多いようです。
そんな背景のなか、グルコースに応答してインスリンを産生、分泌する人工細胞を作製した研究が面白かったです。
内容は、
- 金属有機構造体(金属と有機リガンドが相互作用してできたもの。ガス吸着や分離技術、センサーや触媒の応用が期待されている)とグルコースオキシダーゼを組み合わせることで、グルコースに応答してpHを低下させたり、金属有機構造体を分解、薬剤を放出するシステムを構築。
- インスリン遺伝子、in vitro翻訳システム試薬を金属有機構造体でカプセル化したものを入れて人工細胞を作製
- グルコースに反応すると内容物が放出、インスリンの産生が始まる
- 人工細胞で産生されたインスリンは細胞に作用してグルコース取り込み量を増加させることができることを確認
というもので、外部環境のを認識して物質の産生をトリガーする、しかもきちんと作用するインスリンが作れるという点が面白かったです。
グルコース濃度を検知して一定以上でインスリンの合成が開始されるというシステムがとにかくすごいと感じました。
何報か人工細胞の論文に目を通して、人工細胞内でのタンパクの合成はin vitro翻訳システムというキット化された試薬があり、原理的にはかなり普及しているというところが発見でした。
気になる点は、糖尿病の細胞治療では血糖値の増減に応じたインスリン放出量を調節することが求められていたと思いますが、この論文のような放出のみかつ使い切りのシステムの場合、治療に使用する際はどういったシステムにしていくとよいのかという点でしょうか。
細胞移植は一度細胞を入れればある程度は機能し続けますが、人工細胞の場合、免疫拒絶などを気にしなくて良い反面、使い切りのシステムのみだと既存のインスリン注射と変わらないため、実際に治療に応用するとなると色々工夫が必要そうですね。
コメント