再生医療で人体の再構築ができるのか?の答えを求めて、生体の組織を人工的に再構築する研究分野である組織工学についての論文を読んで巡った思考を綴ります。
今回ピックアップする論文は「Reprogramming of three-dimensional microenvironments for in vitro hair follicle induction」で2022年にscience advancesに掲載された論文です。
髪の毛の種となる毛包という組織のオルガノイドの作製に取り込んだ研究で、培地に混ぜる細胞外マトリックス成分を制御すると毛包組織から髪の毛が生える確率が高くなるなどの結果が報告されていて、細胞の培養環境の制御の大切さを再確認させられる論文でした。
研究の背景とか課題とか
髪の毛は命に直接関わるものではありませんが、紫外線や衝撃など外部の刺激から頭を守る役割を持っている器官です。
また、髪型などは個性を表現する重要な機能も持っているとも考えられますね。
髪の毛を加齢によって失うものは仕方ありませんが(仕方なくない)、病気によって失うことはQOLに大きく影響を与えます。
そんな問題を解決するために、再生医療では髪の毛の再生についても研究が進められています。
髪の毛の種となる毛包という器官があり、組織工学ではこの毛包組織をいかに人工的に構築するかという視点が研究のターゲットになっています。
いわゆる髪の毛のオルガノイドです。
毛包を作製する研究の先駆けとなった研究の一つとしては、理化学研究所のグループが有名です。(参考文献)
毛包の構造として、上皮系の細胞と間葉系の細胞が局在しているような構造を持っており、この構造を再現することで、髪の毛が生えてくる組織「毛包原基」を作製する方法を報告したものです。
この構造を作製すれば髪の毛の再生は万事解決なのかといえばそういうわけでもありません。
毛包原器を作製するには100μmほどの細胞の塊を隣接させて培養する方法がとられているそうですが、どうやって安定的に作るか?というところに課題が残ります。
また、細胞も生き物であり「個体差」があります。
この個体差の厄介なところは同じ作製方法を用いているのに同じように髪の毛が生えてくる組織ができるわけではないということです。
ということで、髪の毛の種を人工的に作ることができるという成果は報告されましたが、それを医療に応用するためには、安定的に大量に作るというところでまだまだ課題があります。
細胞外マトリックス成分を含んだ培地で高確率で髪の毛が生えるオルガノイドが作れるかも
そんな髪の毛の再生医療の研究の一つで、高い確率で発芽する(髪の毛が生える)毛包組織を作る論文が、「Reprogramming of three-dimensional microenvironments for in vitro hair follicle induction」で2022年にscience advances(PubMed)から報告されていました。
これまで、毛包組織の構築は上皮系幹細胞と間葉系幹細胞の塊を人工的に隣接させて培養させるのが良いと考えられてきたように思います。
しかしこの研究では、上皮細胞と間葉系幹細胞をバラバラに混ぜて培養して、細胞自身が自分たちの居心地の良い状態で組織を作ることで(自己組織化)、培養皿上でほぼ100%に近い確率で髪の毛が生えてくるというから驚きの結果です。
この論文では、上皮細胞と間葉系幹細胞をマトリゲルというコラーゲンや基底膜成分を含むゲル材料と混ぜて培養することで細胞の凝集体を作っています。
このときにマトリゲルを原液の濃度で使用するのではなく、培地で薄めて使用することによって、細胞の凝集体は内側に上皮細胞、外側に間葉系幹細胞が局在する、コアシェル型と呼ばれる形態を取ります。
マトリゲルを入れないと上皮細胞の塊と間葉系幹細胞の塊がくっついたような形をしており、従来の毛包原器と近い形になるようです。
このコアシェル型になると発芽率(髪の毛が生えてくる確率)がほぼ100に近くなるそうです。
また、この髪の毛のオルガノイドはメラニンも生成できるようで、髪の毛の再生だけでなく、白髪の研究についても応用できるかもしれないとのことでした。
これまでの考え方を覆される毛包組織の構築方法
髪の毛のオルガノイドの研究ではこれまで、上皮細胞と間葉系幹細胞の塊がくっついた形が大事なのかと思っていました。
ただ、この論文ではその形よりもコアシェル型と言われるカプセルのように包まれた形態をしているほうが良いとのことで、これまでの考え方を覆される結果で衝撃でした。
この報告では培養皿上では3mm程度まで髪の毛が伸びたり、マウスに移植すると10ヶ月程度髪の毛の生え変わりが起きていたようで、実用化に近づくような成果ではないかなと感じました。
また、オルガノイドの培養でマトリゲルを使うと聞くと、マトリゲルがゲル化した内部で細胞の凝集体を形成するというものが多いように思いますが、この研究ではゲル化しないぐらい低濃度のマトリゲルで培養することが大事とのことでこの点にも驚きです。
細胞外マトリックスの重要性について考えさせられる
こういう凝集体を作る研究で、細胞は一つの材料として大事なのは当たり前ですが、もう一つ欠かせないものとして、細胞外マトリックスがあります。
細胞外マトリックスは主にコラーゲンやラミニンといったタンパク質を指しており、細胞にあわせていろいろな種類のものがあります。(参考)
この細胞外マトリックスの組成は組織を作る上で大事なのかなと私は考えおり、この研究ではマトリゲルを使っていたことがかなり効いているかと思っていました。
マトリゲルはコラーゲンだけでなく、ラミニンなどの基底膜成分、成長因子が含まれているので、細胞に対して作用するものが多分に含まれているからです。
この論文でもそこに注目されていました。
マトリゲルだけでなくコラーゲンやフィブロネクチンなどの細胞外マトリックスを用いて実験をしてみると、コラーゲンだけでもそれなりに良い結果が得られたとのことです。
細胞に合わせた細胞外マトリックスを選択することで細胞の機能を制御することができるという研究も報告されているため、オルガノイドでも同様に制御できるかなと考えていましたが、そう単純な話でもないようでかなり面白い部分だと思います。
予想しながら読んでいて裏切られるというか予想を超えて来るところが科学に触れていて面白い部分です。
再生医療に応用するための材料選択について
この研究ではマトリゲルを使用していましたが、マトリゲルはマウスの腫瘍由来の材料になります。
材料の性質上、ロット間差による成分のばらつきがとても大きいと言われており、ロットが変わったときも同じ機能を再現できるかがこれからの応用で大事なところなのかなと感じました。
また、動物由来の成分の使用は体内に移植するものとして適切かどうかという議論もあります。
マトリゲルの代替物が開発されている流れもあるので、このような代替物でもこの研究結果が再現できるかどうかが今後再生医療に応用する上で大事になってくるところなのかなと思いました。(参考文献)
研究の中では、マトリゲルである重要性もそこまで高くないかもしれなさそうだったので、代替の細胞外マトリックスを使用することも結構簡単にクリアできそうな希望を抱けるような研究結果に思います。
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