※本記事内に広告を含む場合があります。
PR

3Dプリンターと再生医療・組織工学【3Dプリンターで臓器を作る研究】

再生医療のアトリエ
スポンサーリンク

本記事では、「3Dプリンターと再生医療・組織工学」についてまとめていきます。

これまで、再生医療・組織工学とは何か?や、3次元培養についての解説をしてきました。
今回は、そんな再生医療・組織工学で立体的な臓器をプリンターを使って作製するという、夢のような研究である「3Dプリンターを用いたバイオプリンティング」の解説をします。

この記事ではバイオプリンティングについて

  • 3Dプリンターとは何か
  • なぜ細胞培養に3Dプリンターなのか
  • 臓器・組織作製に使われる3Dプリンターの種類
  • 細胞用のプリンターインク材料
  • 3Dプリンターで3次元組織を作る研究
  • 3Dプリンターの利点、課題

の項目についてまとめます。

臓器を人工的に作製する研究の中でも特にインパクトのある、3Dプリンターを用いた作製技術についての概要をできるだけ少し詳しく、それでもわかりやすくを心がけて解説します。

スポンサーリンク

3Dプリンターとは何か

3Dプリンターの基本原理は積層造形(Additive Manufacturing)という、材料を層として積み重ねて立体的な構造物を形成する技術です。

材料の塊を削り出す切削加工とは逆のアプローチですね。

3Dプリンターでモノを形作る手順は

  1. CAD(Computer Aided Design)という、設計ソフトを用いて3Dモデルを設計
  2. 3Dプリンターに設計図を読み込ませ、材料を積層して形を作る

というシンプルなものです。

普段私達が日常的に使用しているプリンターは、液体や粉末のインクを紙に付着させます。
一方、3Dプリンターのインクはプラスチックや金属、セラミックを材料としてそれらを立体的に積み上げていきます。

3Dプリンターの使用用途は、工業用の試作品や部品の製造が挙げられます。
主に活用されている業界は、航空、自動車、歯科、エレクトロニクス、ファッションなど様々な業界で導入されています。
医療業界でも注目されており、外科用機器、人工骨、医療機器、インプラントへの活用が進んでいるそうです。

そして、この3Dプリンターで印刷するインクを細胞やハイドロゲルにして、in vitroで臓器のような構造物を作製する技術が、本記事のテーマである3Dバイオプリンティングです。R

3Dバイオプリンティングの市場は2024年に 1.3 billionドルと推定され、2029年には2.4billionドルまで成長すると予想されています。
特に注目しているのは製薬や美容品業界とのことで、日本では最近話題が下火なように感じますが、欧米では盛んに開発が進んでいるようです。(参考

<3Dプリンターの開発ばなし>

3Dプリンターは1980年代後半に光硬化樹脂を用いた光造形による手法が開発されたのが原点です。

実は日本で開発された技術なのですが、価値に気づかれず、アメリカに特許のリードを許してしまうという失敗のお話が有名です。(参考

自分もものづくりに携わる身としては身が引き締まるお話です。

スポンサーリンク

なぜ細胞培養に3Dプリンターなのか

これまでの細胞を用いた研究を通して、既存の2次元環境下での細胞培養の評価系において、細胞の機能は本来の生体の組織や臓器を模倣できていないことが明らかになってきました。

そして組織工学などの研究を通して、細胞を3次元環境で培養すると、生体に近い機能を発現することがわかってきました。
この理由から、3次元の臓器モデルが必要と考えられ、細胞を立体的に培養したり体内の環境を再現したりする3次元培養の技術が開発されています。

例えば、生体組織の構造や機能を模倣するために、

  • 足場材料の開発
  • バイオリアクター技術
  • 細胞の自己組織化

などの技術の開発が進められてきました。

しかし、それらの技術だけでは臓器の完全な機能や、様々な細胞やタンパク質から構成される複雑な構造を再現することが十分にできませんでした。(R

臓器を構成する細胞や細胞外マトリックス(ECM)などのタンパク質をプリンターの技術で、立体的に適切に配置することで、臓器の複雑な構造や機能を再現できると期待されています。R

このような3Dプリンターをバイオ分野に活用する技術を、3Dバイオプリンティングと呼びます。

3Dバイオプリンティングの3つの基本要素は、通常のプリンターと同じく「設計図」「インク」「プリンター装置」です。
下記の通り、それぞれバイオならではの特徴を持ちます。

  • 設計図:臓器の構造
  • インク:細胞や生体適合性材料
  • プリンター:上記の特殊なインクを扱うことができるもの、滅菌ができること

このように、3Dバイオプリンティングは生きた細胞やバイオマテリアルをインクとして、1層ずつ印刷し何層にも重ね、複雑かつ立体的な組織を造形することができるとされています。

3Dプリンティングの技術を用いて、骨、心臓、肝臓、腎臓、肺、皮膚などの臓器を造形し、「臓器移植の臓器不足の解決」「薬の開発の試験モデルの開発」などの医療や創薬に貢献する研究が取り組まれています。

移植医療は組織工学の究極的な最終ゴールとも言えるところですが、臓器の一部でも作ることができれば、薬のスクリーニングに使用できます。
これは、近年の動物実験代替の流れ(薬や化粧品の開発のために動物の犠牲を無くしていくこと)からしても非常に注目が集まっている領域です。(R

この他にも、動物の肉の形や味を模倣した人工的に作製した食用肉である「培養肉」の作製も3Dプリンターで達成できるのではと期待されています。

スポンサーリンク

臓器・組織作製に使われる3Dプリンターの種類

それでは主に再生医療分野で用いられる3Dプリンターの種類について見ていきます。

工業用途も含めた3Dプリンターは下記のような種類がありますが、

  • 熱溶解積層法(Fused Deposition Modelling:FDM)
  • 粉末焼結積層造形(selective laser sintering:SLS)
  • レーザー溶解法(selective laser melting:SLM)
  • 光造形方式(stereolithography:SLA)
  • インクジェット方式
  • 押出方式
  • レーザーアシスト方式(laser-assisted printing)

この中でも、臓器・組織の作製に用いられる主な3Dプリンターの方式は次の4種類です。

  • インクジェット方式
  • 押出方式
  • レーザーアシスト方式
  • 光造形方式

方式は違えど、使用する印刷材料は、細胞、足場材料、添加因子など共通しているものが多く、各方式によって精度、構造の安定性、細胞の生存性が異なります。
作製したいものに応じて各方式を使い分ける必要があります。

押出方式

3Dプリンティング技術で最もよく知られる熱溶解積層法(FDM)を応用したものです。

市販の廉価な3Dプリンターの多くは、熱によってプラスチック材料を融かし、融けた材料をノズルから押し出しながら計図に沿って描画し積層させて立体物を印刷します。

しかし、細胞やタンパク質は熱に弱いため、そのままでは使用することはできません。
ノズルから押し出した後、固まるゲル材料を用いることで、細胞を含む構造物や培養用の足場を作る方法が開発されました。(R

細胞を含んだ材料(バイオインク)を空気圧やピストンなどの機械的圧力によって押し出し、ノズルから吐出します。
印刷可能なバイオインクの粘度帯は広く、様々なバイオインクを高い印刷速度で描画できることが特徴です。
このように粘度の高い材料を印刷できることは造形性の点で優れているとされています。

このようなメリットから大型の構造物の作製に適した方法であり、大きな臓器の作製に向いていると考えられています。(R

一方で、この方式の課題は解像度が低いことで、100μm以下の描画をすることは苦手とされています。(R

また、粘度が高い材料を押し出すために高い圧力をかける必要があります。
これはバイオインクに高いせん断応力を与えることを意味し、インク内に含まれた細胞の生存能力や構造に悪影響を及ぼします。(R1) (R2

インクジェット方式

押出方式がノズルが印刷基板に接触するような方式に対して、インクジェット方式は非接触型の印刷方式です。
設計図に合わせてインクタンクからインクを噴射することで、インクを塗布し、層ごとに積層することで立体物を構築していきます。
この印刷方法は、家庭用のプリンターでも良く用いられている、一般的な印刷方法です。(R

インク吐出のメカニズムとして、ピエゾ素子や熱(サーマル式)を用いたアクチュエータを使用して、インクを1滴ずつ噴射し、必要な位置に必要な分のインクを配置していきます。R

サーマル方式は熱が発生するため、細胞や生体材料を含む材料では細胞に対する毒性や、インク材料の熱変性の懸念があります。(R

インクジェット方式は、少量の液量を制御することができ、押出方式よりも高い解像度で印刷することができます。
その解像度は最高で20μmと言われています。(R

このため、押出方式よりも細胞の生存率を維持したまま、より細かな複雑な構造を作るメリットがある方式です。(R

一方、欠点として低粘度のインク(<0.1 Pa/s)しか使用できないため、粘度の高いゲル材料やECMの印刷は苦手とされています。(R1)(R2

押出方式では大きな組織を速く印刷できることが特徴でしたが、インクジェットは小さな領域の組織構造や組織アレイを作製することができるといった使い分けが有効とされています。

スポンサーリンク

レーザーアシスト方式

こちらもインクジェット同様の非接触の印刷方式です。

金などをレーザーの吸収層としてコーティングしたリボンに、レーザーを照射することで、気泡が生じ、レーザーに付着させたインク材料が液滴として吐出され、印刷基板に転写されます。
これを繰り返すことで、液滴を層ごとに堆積させていき、構造物を作製します。

使用するインクを細胞やハイドロゲルにすることで、レーザービームを用いて細胞を含む立体構造物を印刷することができます。(R1)(R2

レーザー方式のメリットは、1細胞サイズの解像度で最大10^8 cells/mLの濃度で、高速に印刷することができる点にあります。
このおかげで、ハイスループットに細胞、生体材料のパターニングを行うことができる性能を持ちます。(R1)(R2

しかし、この方法ではレーザーのエネルギーによって発生する熱によって、細胞にダメージを与え、生存率やインク材料に悪影響を及ぼすことがあります。(R

光造形方式

光重合性の液体ポリマーに紫外UV、赤外IR、可視光やレーザーを照射して硬化させることで造形する方法です。
位置選択的に光を照射し、1層ずつ硬化させていくことで立体的な造形物を作製します。

主な利点は、解像度が高く、シェアストレスがかからないことです。
また、表面が滑らかで綺麗に造形できることも大きなメリットです。

これを細胞に応用し、3Dの断層画像から作製された設計図を基に、光を照射することで、細胞を含むバイオインクを固めて臓器や組織の形を造形することができます。

この手法の欠点は、細胞は光の照射やそれに伴う架橋のダメージを受けることです。
また、構造として、脆弱性、衝撃強度が低いといった欠点もあります。(R

スポンサーリンク

その他の方式

これまで紹介した方式の他に、注目されている少し特殊な方式の3Dプリンターもあります。

剣山方式やニードルアレイ方式と呼ばれる3Dプリンターで、バイオ3Dプリンターという名前でサイフューズ社が販売しており、日本の再生医療を牽引する3Dプリンターとして知られています。

この方式は、バイオインクは使用せず、スフェロイドという細胞を球状にした塊を作製し、スフェロイドを剣山(針をアレイ状に並べた土台)に串刺しにして積み上げていきます。
針に刺さったスフェロイドは上下左右の隣り合ったスフェロイドと融合していき、針に刺さったまま設計された一つの組織を形成します。

その後、針から引き抜くことでチューブ構造などの形状を持った3次元構造物を作製することができるというものです。(R

スポンサーリンク

細胞用のプリンターインク材料

プリンター装置の次はインク材料です。

組織や臓器の印刷では、インク材料として細胞に対して毒性が少なく、更に細胞の機能を活性化させるような生体適合性のある材料が用いられます。
インク材料となる生体適合性材料の役割は非常に多く、バイオインクの開発は3Dプリンティングの基礎技術でありながら、最も大きな課題であるともされています。

このような材料を用いて、3Dプリンティングによって組織工学の究極的な目的である臓器や組織を構築する研究が進められています。

様々な研究が進んでいる一方、細胞と動的な細胞外マトリックス組成によって形作られる臓器の複雑さはまだ十分に再現できていません。(R

この課題を解決できるような理想的な材料特性として、「物理的」かつ「生物学的」な特徴を有しているものを用いて、細胞の増殖、分化、遊走、成熟を制御して、体内の細胞の状態を模倣することが必要であるとされています。

物理的な特性は、粘度、機能性、分解性、架橋後の機械強度などが挙げられます。
これは立体造形能力や細胞周囲の硬さ環境などを決めるパラメーターになります。(R

生物学的特性は、細胞適合性、生体親和性、生物活性などが挙げられます。
これは細胞の機能に直接影響を与える性質になります。(R

このような細胞の機能を制御することができる材料は「バイオマテリアル」とも呼ばれ、天然高分子合成高分子のように分類することができます。(R

天然高分子は生物学的特異性が高いですが、機械特性が低い性質を持ちます。
一方で、合成高分子は機械的に堅牢であるものの、生物学的特異性は低い性質を持ちます。

このようなバイオマテリアルの中でも、特にハイドロゲルの形態になれるものは生体適合性、低細胞毒性、親水性、ECMに似た構造を持つポリマーのネットワーク形成能力を持つものが多いことから、3Dプリンターのインク材料として有力視されています。(R1)(R2)(R3

それでは天然高分子と合成高分子についてざっくりと見ていきましょう。

スポンサーリンク

天然高分子

体の組織を構成しているタンパク質などと構造的・化学的に類似しているため、臓器や組織の3Dプリンティングと非常に関連が強い材料です。
もともと体に含まれているコラーゲンなどのECMといった材料も多く、合成高分子よりも生体適合性、生分解性が高いことが特徴です。

特に細胞を直接印刷するバイオプリンティングのインク材料としてよく用いられます。
代表的な材料は、コラーゲン、ゼラチン、ヒアルロン酸、脱細胞化ECMなどの生体の組織に含まれるECMに加えて、多糖類であるアルギン酸、キトサンなどが挙げられます。

非常に細胞と相性が良い材料で、細胞の増殖、遊走、分化、成熟化などの挙動を制御することができるとされています。(R

また、ゼラチンに光重合が可能なメタクリレートを修飾することで、UV照射で共有結合で架橋できるといった人工的な架橋の仕組みを組み込むようなカスタマイズも可能です。(R1)(R2)(R3

各材料の詳細については別の記事で解説をします。

合成高分子

合成高分子はその名の通り、人工的に合成されて作られた高分子ベースの材料です。

天然高分子と比べて細胞の機能をダイナミックに制御するような生理活性機能は乏しいものの、機械特性や修飾の自由度といったカスタマイズ性に優れる利点があります。

また、天然高分子よりも安価だったり、生物学的に不活性であるからこそ、生体に悪影響となるリスクを減らすことがメリットであるとも考えられています。

代表的な材料として、ポリカプロラクトン、ポリカーボネート、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリエチレングリコール、Pluronic F127が挙げられます。

こちらも、各材料の詳細は別の記事でまとめます。

このようにバイオインクで使用される材料は天然高分子と合成高分子の2種類に分けられます。
実際の使用では、どちらか一方のみで使用することはもちろん、それぞれを併用して細胞や構造物の機能をより自由に制御するような使い方も可能です。

スポンサーリンク

3Dプリンターで3次元組織を作る

それでは3Dプリンターを用いて3次元組織を作製する目的のおさらいと、実際に3Dプリンターで組織を作製している例について見ていきます。

3Dプリンターで3次元組織を作る目的の一つは、臓器移植の代替の治療法を確立することです。
臓器移植の課題として、臓器の入手が困難、免疫拒絶があります。
この課題を解決するために組織工学などの技術を用いて移植可能な臓器の作製が行われています。

従来の臓器・組織の作製方法は、ナノレベルの加工技術や微細加工されたデバイスを用いて、生体を模倣した構造を構築するものでした。
しかし、これらの方法だけでは、臓器の3次元的な複雑な構造や機能を完全に再現することはできません。
そこで、3Dプリンティングで細胞やECMを細かく位置制御して配置することで、臓器の構造を模倣し、実際の臓器に近い構造・機能を持つものを作製するとのことでした。

細胞の足場材料

生体適合性がある材料を3Dプリンターで印刷することで、組織構造を構築するための足場材料を造形した例があります。

このように作られた足場は

  • 細胞の成長と増殖の促進
  • 組織・臓器の形状を維持する剛性
  • 多孔質構造による細胞の生存率の向上

といった効果が得られます。(R

一方で、足場材料のみでは、3Dプリンターを利用しない組織構築と同様に

  • 厚みのある組織の血管化
  • 足場内での複数の細胞の正確な位置決めが困難

次は、この課題を解決するための細胞を直接印刷する例について見ていきます。

スポンサーリンク

細胞と足場材料で臓器・組織の印刷

組織を3Dプリンターで構築するために、患者の幹細胞を培養、分化し、ゲルと足場材料を混ぜてバイオインクにする方法が開発されています。
これにより、免疫拒絶のリスクを軽減しながら臓器移植のドナー不足の解決を行うことが期待されます。

これまでに3Dプリンティングで作られた臓器は、骨、角膜、軟骨、心臓、皮膚、肝臓、神経、その他血管を含む組織などの例があります。(R

骨は緻密な内部構造を持つ硬い結合組織です。
骨組織の再生は骨粗鬆症、腫瘍治療、外傷などの治療に必要とされています。

このような骨の組織を構築する例として、
ハイドロゲルに骨の元となる細胞(MSC:間葉系幹細胞)や血管内皮細胞を混ぜたインクを用いて、押出方式の3Dプリンターで内部に培養液が灌流できるような立体的な構造物を作製。
ここに培養液を灌流しながら、MSCを培養することで、骨の細胞に分化させることで骨の組織を作製する研究。

マウスの頭蓋骨の欠損部分にレーザー方式によって骨の細胞を印刷することで、骨欠損を修復する研究などがあります。(R

スポンサーリンク

角膜

角膜の疾患によって失明する患者は世界中で1000万人以上と言われています。(R

角膜も移植医療が有効であり、最も頻繁に移植が行われている臓器とのことです。
それでも他の臓器と同様に、臓器不足、免疫拒絶の問題を抱えています。

この問題を解決するために、押出方式の3Dプリンターでコラーゲンとアルギン酸を混ぜたゲル材料に角膜実質細胞を含ませたものをインクとして、角膜の形を印刷。
生きた角膜の細胞を持つ立体的な角膜様の組織を構築した研究などがあります。(R

軟骨

軟骨は人体の主要な器官を支える弾性組織です。
軟骨組織は、構造内に血管と神経を持たないため、再生能力に乏しいとされています。
このため、生体の再生能力を利用した構築が難しく、生体外で構築した軟骨組織の移植が有力であると言われています。

このような軟骨組織を3Dプリンターで作製する研究として、
アルギン酸とセルロースナノファイバーにiPS細胞由来の軟骨細胞を混ぜたものをインクとし、押出方式の3Dプリンターで軟骨組織を印刷する方法。(R

光化矯できるアルギン酸ゲル微粒子を満たした水槽の中に、押出方式の3Dプリンターで間葉系幹細胞のみを印刷。印刷後、光を照射することでゲルの微粒子を架橋することで立体的な構造物を構築。
そのまま培養することで、印刷した細胞を軟骨に分化することで、軟骨の組織を構築するという方法。
不思議なことにゲルの微粒子が印刷した細胞を保持する性質を利用して、足場となるゲル材料を組織中に含まないスキャフォールドフリーな組織が構築できます。(R

マイクロニードルアレイ(剣山)方式のバイオ3Dプリンターを用いて、間葉系幹細胞のスフェロイドを立体に積層し、細胞と細胞が分泌した天然のECMのみから構成される、立体的な組織を構築。
これを軟骨の欠損部位に移植することで、軟骨再生を試みた研究が報告されています。(R1)(R2

スポンサーリンク

心臓

心臓は栄養・ガスの運搬を担う臓器で心臓の疾患は致命的なものです。
心臓の移植治療の代替となる組織を作るためには、臓器としての複雑な形に加え、心筋細胞が同期して拍動することでポンプの機能を再現する必要があります。

脱細胞化した組織から採取したECMをベースにiPS細胞由来の心筋細胞や血管内皮細胞を含むインクを作製。それを押出方式の3Dプリンターを用いて印刷することで、培養液を灌流することができる血管構造を持つ心筋組織を構築した研究。(R

押出方式の3Dプリンターで心臓の外膜と内膜をコラーゲンのインクで造形。その間にES細胞由来の心筋細胞を印刷していくという2種類のインクで印刷する方式で、立体的な心室のような構造を作製する研究。(R

押出方式の3Dプリンターを用いて、光架橋ができるコラーゲンやゼラチン、ラミニンなどのECMを含む材料にiPS細胞を混ぜたインクを印刷。心臓の形に印刷をした後、iPS細胞を構造物内で増殖、心筋細胞に分化させることで、心臓の形のような構造を持つ3次元組織を構築する研究例があります。(R

骨格筋構造

骨格筋は筋肉の組織はもちろん、骨を動かすために筋肉と骨を繋ぐ腱という構造で構成されます。
このような構造をつくることにも様々な材料を印刷できる3Dプリンターが活躍しています。

例えば、押出方式のプリンターを用いて、筋肉の部分は熱可塑性ポリウレタンと骨格筋細胞を印刷。腱の部分をポリカプロラクトンと線維芽細胞を印刷するという、4種類のインクを用いて骨格筋組織を作製する研究。(R

コラーゲンナノファイバーのゲル層を腱の役割として、腱となるコラーゲンナノファイバーの層の間をつなぐように、押出方式のプリンターを用いて、骨格筋の細胞を繊維状に印刷。これにより骨格筋の組織を構築する研究がある。(R

スポンサーリンク

皮膚

皮膚は表皮、真皮(血管)、皮下(脂肪)の3層構造で構築されます。
皮膚の役割は体内外の水や代謝物の交換、外部刺激・病原体からの保護、温度ホメオスタシスの維持などが挙げられます。
このような皮膚の組織を人工的に構築することは、やけどなどの損傷、潰瘍などの治療や、薬・化粧品のin vitro評価に役に立つと期待されています。

3Dプリンターを用いた皮膚組織の構築について
押出方式の3Dプリンターを用いてコラーゲンの層と線維芽細胞の層を繰り返し重ねるように印刷。最後にケラチノサイトを表面に印刷することで、真皮部分と表皮部分を持つ3次元組織を構築。
培養を行うことで皮膚に似た階層構造を持つ組織が作製できた研究。(R

真皮用のバイオインク(線維芽細胞+血管内皮細胞+コラーゲン)と表皮用のバイオインク(ケラチノサイト+培地)を用意。押出方式の3Dプリンターで真皮層を印刷、培養後、表皮のバイオインクで表面に表皮層を印刷することで、皮膚の構造を作製。
これをマウス皮下に移植することで、生着するような皮膚組織が構築できる研究例。(R

肝臓組織

肝臓は生存に必要なタンパク質の産生や生体異物を代謝する重要な臓器です。
機能を成熟させるための肝臓特異的な微小環境を構築することが必要なため、in vitroで肝臓組織モデルを構築することは難しいとされています。

そんな肝臓組織を3Dプリンターで構築する研究として
光架橋ができるゼラチン+iPS細胞由来肝細胞、光架橋ができるゼラチンとヒアルロン酸+血管内皮細胞と間葉細胞を混ぜた2種類のインクを光造形方式の3Dプリンターを用いて、肝小葉の特徴的な六角形の形状に印刷。
微細な構造と複数種類の細胞を共培養することで、従来よりも機能が高い肝組織が構築できた研究。(R

ヒアルロン酸やゼラチンをベースにしたハイドロゲル材料に光架橋剤などを加えたインクに肝細胞を混ぜ、マイクロ流路内に流し込む。流し込んだインクを光造形方式のプリンターを用いて、インクをゲル化させることで、マイクロ流路内に3次元肝臓組織を作製。
マイクロ流路にアルコールを流して、ハイスループットな毒性評価系を構築する研究。(R

アルギン酸とゼラチンに肝細胞を混ぜたものをインクとし、押出方式の3Dプリンターによって3次元組織を印刷。従来のゲルに包埋して構築した3次元培養の肝細胞よりも生体に近い機能が発現できていた。また疾患モデルマウスに移植を行うことで生存率が改善できた研究例。(R

スポンサーリンク

神経

神経は臓器間の情報伝達を行う組織であり、神経変性疾患は自然治癒できないため、再生医療・組織工学での治療が期待されています。
その一つの方法として、3Dプリンターが注目され、研究が進められています。

光架橋できるゼラチンをインクとし、光造形方式の3Dプリンターを用いて、筒状の神経導管を作製。導管に神経細胞を播種・培養を行うことで神経の軸索が導管に沿って伸びている状態を確認。神経再生の材料として活用できるのではないかという研究。(R

剣山方式の3Dプリンターを用いて患者由来の線維芽細胞で構成される細胞凝集体から3次元神経導管を構築。患者に移植することで、神経再生を行う研究例。(R

フィブリノーゲンとヒアルロン酸を混合したゲル材料に神経細胞を含ませたインクを押出方式の3Dプリンターで印刷し、トロンビンをかけることでゲル化。パターン上に形成された神経組織を薬剤の評価系として応用する研究。(R

気管

肺にガスを輸送する機能を担う器官で、気管の障害が起こると肺機能、肺活量が低下します。
このような気管の疾患の治療に対して、人工インプラントや移植による治療が行われて来ましたが、まだまだ課題が多いとのことで、3Dプリンターを用いて気管を再構築する研究が取り組まれています。

エレクトロスピニング法という手法を用いて作製したポリカプロラクトンのナノファイバーで構成されるチューブの土台上に、押出方式の3Dプリンターを用いてポリカプロラクトンの網目構造を印刷。その表面にマトリゲルに含まれた軟骨と間葉系幹細胞を播種。内側にマトリゲルに含まれた気管支上皮細胞を播種することで気管組織を構築した研究例。(R

押出方式の3Dプリンターを用いて、ポリカプロラクトンのインク、上皮細胞を含んだアルギン酸ゲルのインクを交互に印刷することで多層構造のチューブ形状の気管を作製。この気管組織をうさぎに移植することで機能する気管が作製できたという研究例。(R

スポンサーリンク

肺疾患は世界で4番目に多い死亡原因で、人工肺等による治療も試みられているが、効果的な治療法は移植しかないのが現状。
そこで、人工的に肺組織を構築する手法の一つとして3Dプリンターが注目されている。

光造形方式の3Dプリンターを用いて、光架橋ができるポリエチレングリコールのインクを肺胞や肺のような形状に印刷。印刷した複雑な立体的な血管のネットワークは血液を灌流させ、さらには血液のガス交換までできることを実証した研究。(R

がん組織

がんは日本での死因の1位となっている厄介な疾患です。
がんの発生と進行は細胞、ECMの相互作用によって構成される微小環境によって影響されることがわかってきています。
また、がんの治療のための抗がん剤の毒性が広く報告されており、医薬品開発の分野でin vitroのがんモデルの評価系の開発が急速に広まっています。
このようながんのモデル作製は治療方法の開発に重要となります。

3Dプリンターでがんモデルを構築する研究として、

①脳の脱細胞化ECM+神経膠芽腫細胞、②脳の脱細胞化ECM+血管内皮細胞、③シリコンインクの3種類のインクを用意。押出方式の3Dプリンターで、神経膠芽腫細胞を円形に印刷し、その周囲を囲うように血管内皮細胞を印刷。その外側にシリコンインクでフレームを印刷することで、がん組織の微小環境を再現するような印刷を行う研究例。(R

乳がん細胞のインクを用意。押出方式の3Dプリンターを用いてコラーゲンゲルの中に数百μmほどの間隔で乳がん細胞を点状に印刷。培養をすると乳がん細胞が自己組織化をしていき、それぞれの点が繋がることでオルガノイドを形成することができる研究。(R

ゼラチン、アルギン酸、フィブリノーゲンとがん細胞を混合したインクを押出方式の3Dプリンターで格子状に印刷。酸素や栄養素の供給を改善した3次元培養を行うことで、2Dよりも生体に近い卵巣がんや子宮頸がんモデルが作製できた研究。(R

スポンサーリンク

その他への応用例

創薬への応用

薬の開発では12〜15年程度の開発期間がかかると言われています。
また、これまでは薬の評価は動物実験などを用いて行ってきましたが、ヒトと動物の種差による薬の有効性の違いや、動物愛護の観点から動物モデルからヒトモデルへの転換が進んできています。R

しかし、これまでの2次元培養系では、シンプルかつハイスループットな薬の評価ができますが、ヒトの複雑性は再現できていないことが、薬の開発において研究と産業のギャップになっています。

バイオプリンティングはこれまでの説明の通り、様々な細胞やタンパク質材料を精密に配置することで、in vivoのような細胞間相互作用、細胞-ECM間相互作用を再現できる組織を作製することが期待されています。
このような組織は、これまでの細胞評価系よりもより生体に近い機能や薬の応答性を示すとされ、薬の毒性評価、疾患モデルのヒトin vitro臓器モデルとなり、正確な薬剤の応答評価系や個別化医薬品のスクリーニングの強力なツールになります。

この他にも、3Dプリンターでオルガノイドを作製し、薬剤評価系への応用の研究も取り組まれています。
3Dプリンターを用いることで、

  • 細胞の配置
  • オルガノイドの大きさ
  • 細胞機能を維持する微小環境であるニッチを構成するECMの配置制御

などを行うことができます。
オルガノイドの手動での製造を3Dプリンターに置き換えることで、スループット性、品質管理、製造規模が改善でき、スクリーニングの効率化に貢献できると期待されています。

また、Organ-on-a-chip(臓器チップ)やMPS(Microphysiological system)にも3Dプリンターの技術の活用ができると考えられています。
臓器チップやMPSは、小さなチップ上にマイクロ流路で形成された細胞を培養するチャンバーを持つ構造を持っており、流路の構造を工夫することで臓器の特徴的な構造と機能を再現することができます。
FDA近代化法2.0でも動物実験に替わる評価系として期待されている技術です。(R

臓器チップに対して、3Dプリンターを用いて臓器チップのチャンバー内に3Dプリンターで細胞やECMを配列、組織を構築することで、通常に細胞を播種するよりも高速かつ複雑な組織を再現することができ、より高機能な臓器チップを作製し、薬の評価ができることが期待されています。

このように、3Dプリンティングとハイスループット技術を用いて時間とコストを削減することができると考えられています。(R1)(R2

スポンサーリンク

手術(In situ Bioprinting)

3Dプリンターが印刷できる細胞は体の外でだけではありません。
なんと、人体の中にある臓器に直接印刷する技術も研究が進められています。

このような方法はIn situ bioprintingや術中バイオプリンティングと呼ばれ、皮膚疾患や骨欠損の治療への応用が期待されています。
医療イメージング技術を使って特定した疾患、損傷部位に細胞、ゲル、成長因子を印刷します。

術中バイオプリンティングは、体外での印刷と異なり、

  • 印刷して作製した組織と生体のギャップを低減する効果
  • 生体からの血流による灌流の効果
  • 周囲の組織からの細胞の動員の効果

などの、体外での3Dプリントでは得られないメリットがあります。(R

報告例は他の方法よりも少なく、概念実証(POC)レベルではあるようですが、皮膚線維芽細胞と皮膚ケラチノサイトを動物の皮膚損傷部位にプリントし、傷口の迅速な閉鎖や、再上皮化の促進の効果が得られたという研究例などがあります。(R

術中バイオプリンティングは体外でのバイオプリンティングよりインク特性、プリンターセットアップ、滅菌の点でより厳しい対応が必要であるなど、技術的に更に難しい要求度となっているようです。(R

他にも、印刷ノズルの動きによって周りの組織を傷つけないように気をつけたり、生体適合性、印刷物の素早い架橋(構造安定性、手術時間の短縮)が必要だったり、印刷した細胞を生存させるための早期の血管化が課題とされています。(R

培養肉

再生医療の分野から少し離れますが、3Dプリンターは培養肉の分野でも活躍が期待されています。
再生医療から離れるとは言っても、食用のお肉(牛や豚の筋肉組織や臓器)を人工的に作るわけですから、再生医療でヒトの臓器や組織を作るのと原理は同じです。

詳しくはこちらの記事でまとめています。

世界のタンパク質の40%が動物由来の肉から摂取されている状況の中、2050年には人口増加に伴って肉の要求量が増えることが予想されています。(参考

このような背景の中で、畜産業が直面している課題として、

  • 肉の供給不足
  • 環境汚染
  • 動物の生息地の縮小
  • 温暖化ガスの排出

などがあり、これまでの畜産業を続けていくことは難しいのではないかと予想されています。

それを解決するための一つの方法が培養肉です。

肉は筋芽細胞、脂肪細胞、線維芽細胞、血管から構成されています。

これらの元となる幹細胞を牛から採取し、増殖・分化することで牛の細胞を作製。
この細胞をコラーゲンゲルと混ぜたバイオインクを作製し、押出方式の3Dプリンターで筋繊維の形状に印刷。
これを培養することで筋肉の組織、脂肪・血管の組織を作製し、これらを束ねて筋肉の塊に形成することで、ステーキのような脂肪のサシが入った肉を人工的に作ることができる研究が進められています。(R

この培養肉は、2025年の大阪万博で試食することができるかもしれないとのことで楽しみです。

スポンサーリンク

3Dプリンターの利点

3Dプリンターを用いる利点は、「プリンターノズルの位置をXYZ空間内で正確に制御できるため、複数の細胞種を正確に配置できる」点にあるとされています。
この利点を駆使して、多種細胞で構成される複雑な構造を持つ組織、臓器の微細構造を1ステップのプロセスで再現することができることが期待されています。

この他にも、下記のようなメリットが期待されています。(R1)(R2

  • 組織作製の自動化
  • 幅広い種類の構造物の作製ができる柔軟性
  • カスタマイズ性
  • 時間とエネルギーの節約
  • 原材料から最終製品までの管理の改善
  • 迅速なプロトタイピング
  • 廃棄物の最小化
スポンサーリンク

3Dプリンターの課題

もちろん、3Dプリンターによる組織構築の技術は発展途上であり、まだまだ解決すべき課題もたくさんあります。

ノズルサイズとシェアストレス、印刷速度は細胞の生存率や構造物の造形の正確性に影響を与えるため、最適化が必要です。R

バイオインクとして細胞と混ぜる材料は何でも良いわけではなく、組織特異的な性質を持ったものを開発することも重要であるとされています。
例えば、臓器から脱細胞化したECMは、正常・疾患モデルの細胞外環境を再現することができ、注目されている材料の一つです。(R

移植可能な十分な機能や構造を持った臓器はまだできておらず、そのような組織を作製するためにも、印刷して作製した組織を培養する工程で、細胞の力で構造物の形が変形することを予測したデザインの構築が必要になります。(R

この他にも、3Dプリンターで作製した臓器を移植しても問題ないものなのかなど安全性への懸念など、実用化のためには技術や規制といった様々な観点からの問題があり、鋭意研究が取り組まれています。

スポンサーリンク

まとめ

以上、「3Dプリンターと再生医療・組織工学」についてのまとめでした。

この記事ではバイオプリンティングについて

  • 3Dプリンターとは何か
  • なぜ細胞培養に3Dプリンターなのか
  • 臓器・組織作製に使われる3Dプリンターの種類
  • 細胞用のプリンターインク材料
  • 3Dプリンターで3次元組織を作る研究
  • 3Dプリンターの利点、課題

の項目についてまとめました。

3Dプリンターで臓器を印刷して作ることは、まだまだ実現できるまでの道のりは長そうですが、それでも一歩づつ進んで来ていることは確かです。
今できないことをできるようにすることが科学の醍醐味でもあると思うので、これからもっと研究が進み、実現できることを自分も応援していきたいと思います。

参考文献

  • J Jang et al. 3D Printed Tissue Models: Present and Future. ACS Biomater Sci Eng. 2016.(PubMed
  • Q Ramadan et al. 3D Bioprinting at the Frontier of Regenerative Medicine, Pharmaceutical, and Food Industries. Front Med Technol. 2021.(PubMed
  • BGP Kalyan et al. 3D Printing: Applications in Tissue Engineering, Medical Devices, and Drug Delivery. AAPS PharmSciTech. 2022.(PubMed

コメント

タイトルとURLをコピーしました