「再生医療と組織工学てどんな研究?」では再生医療と組織工学についてざっくりとまとめました。
本記事では、「組織工学」についてもっと詳しくまとめていきます。
組織工学では何をどのように使っているのかというと、
- 細胞
- 足場材料
- 成長因子
この3種類の材料を組み合わせて細胞を培養することで、組織(臓器の一部分)を作製しています。
この記事では、各種材料の特徴と代表的な例をピックアップします。
その材料をどのように組み合わせて、どのように組織を組み立てているのかについては、組織工学の醍醐味であり、複雑な部分なので、後々まとめていきたいと思います。
「再生医療のアトリエ」は私が大好きな研究である、再生医療・組織工学という人工的に臓器を作る研究について「とにかく楽しく、わかりやすく」をモットーに叡智を綴る場所です。
よかったところ、わかりにくいところ、もっと知りたいところなどコメントいただけると嬉しいです。
組織工学(Tissue Engineering)のおさらい
まず、「組織」とは細胞が集まって形を作り、機能を持った集団のことです。
臓器の中の一部の構造を持ったものですね。
「再生医療と組織工学てどんな研究?」では、
組織工学とは下記のようなものであるとまとめました。
- 細胞+足場材料+成長因子で体の外で臓器の構造と機能を模倣した組織を作る研究分野(PubMed)
- 細胞が一つ一つバラバラの時よりも高い機能を持つことで、より良い移植効果が得られる
臓器移植でのドナー不足の解決や再生医療に貢献することが期待されています。
各材料である、「細胞」「足場材料」「成長因子」についてくわしく見ていきましょう。
※上記3因子を使った培養方法について「細胞の3次元培養の特徴と培養方法のまとめ【3D組織構築法11選】」でまとめました。

材料その1「細胞」
組織工学で使用される細胞についてはざっくりと分けると「幹細胞」「体性幹細胞」「分化した細胞(実質細胞)」に分けられると考えています。

多能性幹細胞
主に用いられる多能性幹細胞は下記の2種類です。
細胞に詳しくない人でも聞いたことがあるレベルで有名な細胞ですね。
iPS細胞なんかは、細胞の時間を巻き戻せるノーベル賞をとったすごい細胞…なのですが、すごいのはそれだけではありません。
現象的にも細胞の時間が逆戻りするような面白くすごいものですが、それを使う側の視点では、入手できなかった細胞が入手できるようになった点がすごいところです。
細胞と聞くと増殖するイメージがあると思いますが、心臓、脳、肝臓などの増殖しない細胞もあります。
そして、これらは重要な臓器なので、ヒトから採取してくるわけにもいきません。
これまでは、移植などで余った臓器のかけらから細胞を採取してきていたそうですが、iPS細胞、ES細胞から作ることで、いつでも自由に目的の細胞が入手できるようになってきており、細胞の入手源の制限が解決できてきています。
これが組織工学の発展のスピードが上がったきっかけでもあるように感じます。
体性幹細胞
体性幹細胞は下記のような細胞が代表的です。
- 間葉系幹細胞(Mesenchymal Stem Cell:MSC)
- 脂肪由来幹細胞(Adipose derived stem cell:ACS)
体性幹細胞の特徴は、iPS細胞・ES細胞よりもある程度分化していますが、完全には分化しきっておらず、次の分化先もある程度決まっている点です。
iPS細胞やES細胞はかなり手間暇をかけて目的の細胞を作ってやるのに対して、
体性幹細胞は、周りの環境を整えてやることで、細胞にその後分化や機能発現を任せるような使われ方をしていることが多いです。
体性幹細胞を使うメリットは、ある程度分化していることや、体の中に存在している幹細胞のため、腫瘍化のリスクがiPS細胞やES細胞よりも低いという点です。
iPS細胞やES細胞から組織を作っても、最終的にiPS細胞、ES細胞の残存がないかどうかの品質チェックがかなり要求されるそうです。
体性幹細胞であればその手間が少し省ける点で、コストや時間の面で応用化しやすい特徴を持っていることになります。
分化した細胞(実質細胞)
前述では分化すると増殖しない細胞を挙げましたが、もちろん分化しても増殖する細胞もあります。
皮膚の細胞(線維芽細胞や上皮細胞)などが有名です。
(厳密には皮膚の細胞でも増殖するものとしないものもありますが…)
ヒトから皮膚を採取し、増殖させて、形を整えて、移植する方法などがあります。
現在、J-TEC(株式会社ジャパンティッシュエンジニアリング)という企業から、製品として世に出ている人工皮膚組織なんかは、患者から採取した皮膚の一部から細胞を増やして、シート状に加工して移植する方法をとっています。(JTEC)
安全性については幹細胞を使用するよりもはるかに安全ではありますが、使用できる細胞種に制限がある(増殖できる細胞のみ)ところが惜しいところですね。
材料その2「足場材料」
足場材料は、
- 細胞をその場に留める
- 形を整える
- 目的の機能を発揮させる
ための骨格のような役割を主に担っています。
体の中にあるものだと、コラーゲンが有名です。(PubMed)
そのほかのものだと、エラスチン、プロテオグリカン、ラミニンなどがあります。
主なものはタンパク質ですね。
タンパク質以外の材料としては、
アルギン酸、ヒアルロン酸、キトサン、などの多糖類や、
ポリ乳酸、ポリエチレングリコール、などのポリマーがあります。

実際の組織中の足場(タンパク質)は細胞の裏打ち構造のように存在していますが、細胞を除去しても、臓器の形を保つぐらいのしっかりとした構造を持っているようにも見えます。(PubMed)
この構造を人工的に作ることはかなり難しい中で、これらの材料を細胞の足場として使い方として、
ゲル、スポンジ、ファイバー、シート(フィルム)という形態を活用しているものが多いです。(Web研究所 バイオメディカル研究室、新田ゼラチン)
ゲルはゼリーのようなものの中に細胞を入れて培養します。
スポンジは、その名の通りスポンジの内部の隙間の中で細胞を培養します。
ファイバーは糸を束ねたものの中で培養します。
フィルムはシート状の上で細胞を接着させて培養するような使い方をします。
材料その3「成長因子」
成長因子は、細胞を目的の種類に変化(分化)させたり、増殖させたりすることで機能を高める(発現させる)働きをする、細胞のエサのようなものです。
エサというだけあって、細胞の機能を十分に引き出すために欠かせないものです。
詳しくは「再生医療について」で解説しています。
種類は、
- 線維芽細胞増殖因子(FGF)
- 血管内皮増殖因子(VEGF)
- 肝細胞増殖因子(HGF)
- 骨形成タンパク質(BMP) などなど
薬のように添加(細胞に与える)するイメージが一般的です。

最近は細胞の増殖、分化には成長因子だけでなく、足場となるようなタンパク質の種類や硬さなども増殖分化に関与しているとのことで、成長因子と足場の区別が明確ではなくなってきているような気もします。(PubMed)
どんな方法であれ、細胞に狙った機能を発現させることができるものと考えると良いかもしれません。
番外編「スキャフォールドフリー」
実は足場がなくても組織を作ることができる方法もあります。
細胞がタンパク質ではなく、細胞同士がお互いを足場にする方法です。
足場(スキャフォールド)がないため、スキャフォールドフリーと呼ばれています。
代表的なものはスフェロイドです。(参考)
細胞が接着しない基板上に細胞を載せると、細胞は基板上に接着できないため、細胞同士がくっつきます。
そして、何も制御しないと大体は丸い形になるのでスフェロイド(球体(sphere)のようなもの)と呼ばれています。
足場を使わないメリットは、細胞同士がくっつきあって形を形成しているため、細胞-細胞相互作用の働きがしっかり出せることが期待されていることです。
神経細胞や筋細胞の刺激を伝達するような機能が大事な時に、足場材料が細胞と細胞の間に入ると、刺激の伝達を妨害してしまう可能性がありますが、スキャフォールドフリーではここの考慮はあまりしなくても済みます。
スキャフォールドフリーといっても、厳密には細胞が足場材料となるようなタンパク質を分泌しているので、完全に足場がない状態のままなわけではないことには注意です。(PubMed)
このように細胞が自分で必要なものを分泌したり、形を整えたりして組織のようなものを形成することを自己組織化と言ったりしています。
あとがき
以上、「組織工学についてもっとくわしく!どうやって臓器をつくるの?」についてまとめた記事でした。
組織工学では何をどのように使っているのかというと、
- 細胞
- 足場材料
- 成長因子
この3種類の材料を組み合わせて細胞を培養することで、組織(臓器の一部分)を作製しています。
この記事では、各種材料の特徴と代表的な例をピックアップしました。
その材料をどのように組み合わせて、どのように組織を組み立てているのかについては、組織工学の醍醐味であり、複雑な部分なので、後々まとめていきたいと思います。
本記事で解説したように、組織工学は細胞の知識、材料の知識、それらを組み立てる技術についてかなり幅広い知識と技術から成り立っており、とっても複雑なことをやっています。
生命現象自体複雑なので、それを人工的に再現しようとすれば複雑になるのはまぁ当たり前と言えば当たり前ですね。
とっても難しい分野ですが、臓器を人の手で作るという夢が達成できる日が来ることを願っています。私自身もっと貢献していきたいとも思います。
「再生医療のアトリエ」は私が大好きな研究である、再生医療・組織工学という人工的に臓器を作る研究について「とにかく楽しく、わかりやすく」をモットーに叡智を綴る場所です。
よかったところ、わかりにくいところ、もっと知りたいこと、間違えているところなどありましたらコメントしていただけると嬉しいです。
組織工学を応用した3次元培養の種類と培養方法についてまとめた記事を更新しました。
参考文献
- ES 細胞による再生医療と創薬の可能性、中辻 憲夫、日薬理誌(Folia Pharmacol. Jpn.)120,295~302(2002)
- 組織工学と再生医療、古川 克子、人工臓器 40 巻 3 号 2011 年
- 骨髄由来間葉系幹細胞、村田 誠、日本内科学会雑誌 108 巻 7 号
- Langer R, Vacanti JP. Tissue engineering. Science 260, 920-6 (1993)
- Takahashi K et al. Induction of pluripotent stem cells from adult human fibroblasts by defined factors. Cell 131, 861-72 (2007)
- Evans MJ et al. Establishment in culture of pluripotential cells from mouse embryos. Nature 292, 154-6 (1981)
- 自家培養皮膚、JTEC
- Mouw JK et al. Extracellular matrix assembly: a multiscale deconstruction. Nat Rev Mol Cell Biol 15, 771-85 (2014)
- Ott HC et al. Perfusion-decellularized matrix: using nature’s platform to engineer a bioartificial heart. Nat Med 14, 213-21 (2008)
- Web研究所 バイオメディカル研究室、新田ゼラチン
- 二次元培養から三次元培養への潮流 ~細胞培養技術の変遷~、宮本 義孝、Organ Biology VOL.27 NO.1 2020
- Desroches BR et al. Functional scaffold-free 3-D cardiac microtissues: a novel model for the investigation of heart cells. Am J Physiol Heart Circ Physiol 302, H2031-42 (2012)
コメント