今回は、Organ-on-a-chipという電子回路のように小さな基板の上で細胞などを配置して、体の中の様子を体外で再現する研究にまつわる論文についてのアウトプットになります。
Organ-on-a-chipでは細胞を用いて回路を作るのですが、この回路には電気の代わりに培養液を流します。
液体を流すためにはポンプが必要とのことですが、現在使用されているポンプは回路に対して大きいものしかなく、もっと小型なものが望まれているそうです。
そこで今回読んだ論文では、ポンプの動力源に心筋細胞を使用することで超小型のポンプを作成することが達成できたそうです。
論文の情報
論文タイトル:An ultra-small fluid oscillation unit for pumping driven by self-organized three-dimensional bridging of pulsatile cardiomyocytes on elastic micro-piers.
雑誌名:Sensors and Actuators B: Chemical(2019年4月18日)
著者:Nobuyuki Tanaka, Tadahiro Yamashita, Yaxiaer Yalikun, Satoshi Amaya, Asako Satoa, Viola Vogel, Yo Tanaka.
研究背景
近年、Organ-on-a-chipという小さなチップ上で臓器の機能を再現しようとする研究が大きな注目を浴びています。
このチップのすごい所は、
1つのチップの上で電子回路のように複数の細胞を配置して多種類の細胞での機能評価を行なったり、
心臓の細胞だけが配置されたチップ、肝臓の細胞のだけが配置されたチップを作り、自由につなぎ合わせることで体の中を再現したり、
使い方は発想次第で無限大という研究である所です。
電子回路では抵抗やコンデンサなどのパーツを配置してそれを導線で繋いで電気を流すことで働かせることができます。
それに対して、Organ-on-a-chipではパーツ部分が細胞になっており、導線の代わりに水路で細胞をつなぎ、電気の代わりに培養液を流すことによってチップが機能します。
この課題として、水路は数10〜数100μmとものすごく小さなサイズに対して、培養液を送り出すためのポンプはどれだけ小さくても1mm程度のものしかなく、より小さなものが必要とされているそうです。
スマートフォンなどでもそうですが、小さく多機能にしようとした際に、パーツをどれだけ小さくできるかがポイントですよね。
細胞を使ったチップでも同様で、一つのチップにたくさんの機能をつけようとした時に、ポンプのサイズが大きいと、そのほかの機能を搭載するスペースがなくなってしまいます。
そこで、研究者たちはより小さなポンプを作ることを試みたそうです。
今回の論文では、これまでの電気で動くポンプでは根本的に解決できないのでは?ということで、自分たちの力だけで動く心筋細胞をポンプの動力源と使用することで、数100μmサイズのポンプを作製することができたそうです。
研究内容
この論文のポイントは下記の3つだと思います。
- シリコーンゴム(PDMS)での柱作り
- 柱に心筋細胞の橋をかける
- 粒子で流れの確認
まず、PDMS(ジメチルポリシロキサン:dimethylpolysiloxane)というシリコーンゴムを使って、数100μmサイズの2つの柱を作ります。
このようにシリコーンゴムを使って微小な構造を作る技術として、フォトリソグラフィという光を使って造形する技術が多く使われています。
身近な例としては、みなさんが使用しているスマートフォンに使用されている電子回路などのパーツにもふんだんに使われている技術です。
続いて、心筋細胞(今回はiPS細胞ではなくてラットから採取したもの)をこの2つの柱に橋をかけるように培養します。
こうすることで、橋部分の心筋細胞が収縮すると、橋を支えているゴム製の柱が内側に倒れ込んできます。
心筋細胞が弛緩すると、倒れ込んだゴムの柱は元に戻ります。
この現象が起こることによって、
心筋細胞の橋によって柱が倒れこむ → 柱と柱の空間が狭くなる(体積が小さくなる) → 柱と柱の間にあった培養液は押し出される
という感じでポンプのように液体が流れるそうです。
実際に、液体が流れているかということを2μm程度の粒子を培養液に混ぜ込んで、観察したそうです。
培養液中の粒子が、心筋細胞の橋の近くで動くことが確認できれば、この心筋細胞の橋はポンプのように液体を押し出す働きをしているということになります。
実験の結果、粒子が動いていることから、ポンプとしての機能を持っていることが確認できたそうです。
以上の結果から、心筋細胞を動力源とした世界最小レベルのポンプを作ることができたということです。
このポンプを用いて、Organ-on-a-chipのポンプ問題の解決に期待ができそうとのことです。
さらには、心筋細胞に応答するような薬剤を添加して、液体を送り出す機能の変化を見ることによって、薬の開発のための評価ツールとしての利用も可能とのことです。
雑談
今回の論文は心筋細胞を動力源として、世界最小レベルのポンプを作ったということで、けっこうびっくりするような研究だったと思います。
しかし、実際に論文を読んでみて、大きな課題があるように感じます。
それは心筋細胞の橋を作る時に、柱と柱の心筋細胞の橋のかかり方が均一ではないため、同じ機能を持ったポンプを量産することが非常に難しいのではないかということです。
論文が読めない人も下記の理化学研究所のプレスリリースをみたらわかると思うのですが、
マイクロ心臓を作る-自発的心筋ブリッジ現象の利用-、理化学研究所
見てわかる通り、柱と柱の一部分に心筋細胞がぎりぎり橋をかけることができているような状態になっています。
おそらく、5個のポンプを作ったら5個とも違う橋のかかり方をして、ポンプの性能がバラついてしまう可能性が高いように感じます。
細胞を使う以上なかなか制御が難しい部分でもあるので、この課題を解決する方法を見つけることができたら、それこそ今回のインパクトを超えるものになるのではないかと感じます。
これからの発展に期待ですね!
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