今週気になった論文や研究の話題についてのアウトプットです。
主に再生医療・組織工学、培養肉、AIの研究が中心。
今週(2023.12.25〜12.12.31)気になった研究・話題は以下の通り
- 幹細胞ニッチをハイドロゲルで再現する研究
- 生体がん組織を使って治療法を評価する研究
- インクジェットプリンターでマイクロ流路に細胞を配置する研究
幹細胞ニッチをハイドロゲルで再現する研究
幹細胞やがん細胞の研究で欠かせないのが「細胞ニッチ」という幹細胞の機能を維持する体内の微小環境です。
再生医療・組織工学でも、いかに体性幹細胞の未分化能などを維持できるかという観点からニッチを模倣する研究が注目されています。
逆にがんの分野ではがん細胞の種となるがん幹細胞のニッチをいかに壊してがん幹細胞を除去できるかという点で注目されています。
そんな背景のなか、ハイドロゲルを用いて膵がん幹細胞のニッチを模倣した研究が面白かったです。(日本の研究.com)
研究内容は、
- 368種類のポリマーを基板にスポット状に配列させたポリマーアレイを用意
- 膵がん細胞を播種し、適合するポリマーのスクリーニングを行う。
- 適合したポリマーとポリエチレングリコール(PEG)を用いてハイドロゲルを作製、その上で細胞を培養
- ハイドロゲルから細胞を除去し、残ったゲル中に含まれるタンパク質成分を分析
- タンパク質の分析結果と臨床データと比較し、ニッチのような環境をつくれていると判断
というもので、人工的にニッチの環境を構築するという非常に興味が惹かれる研究でした。(PubMed)
368種類のポリマーでアレイを作製することで、効率的に細胞と相性の良いポリマーを洗い出すことができるところがすごいと感じました。
このポリマーアレイの作り方がとても気になるところです。
インクジェット方式、ディスペンサー方式、ピン方式など様々なプリンターを使う方法が一般的な気がしますが、この研究ではどうやって368種類のポリマーのアレイを形成したのでしょうか…
選択したポリマーがニッチを形成しているかどうかの判断として、ゲルに吸着したタンパク質を調べており、hyroxine-binding globulin (SERPINA7)、thyroid hormones triiodothyronine (T3) 、thyroxine (T4)、Plasminogen (PLG) 、Alpha-2-macroglobulin (A2M)などのがん機能制御に関する既知因子やfetuin-Bやangiotensinogenという新規の因子が同定されたことが、細胞の増殖や機能維持に関与しているのではとの結果が示されていました。
細胞のニッチを形成するときは、ラミニンなどの基底膜をベースとして自分で必要な因子を添加して作るものとばかりイメージしていました。
しかし、この論文では特に細胞と直接結合するようなドメインを含んでいない高分子を材料として、血清中や細胞から分泌されるであろう因子を選択的に吸着するような材料を用いているところが参考になる視点でした。
生体がん組織を使って治療法を評価する研究
がんの治療は強い副作用を示すことが多く、患者への負担が重いです。
それで治るならまだ良いですが、がんの組織は患者ごとに異なる性質を持っており、残念ながら治療効果が十分に得られない人もいます。
そんな背景の中、患者ごとに適切な治療法を事前に調べる方法を開発する研究が進められています。
その方法の一つとして、がん組織を薄くスライスしたものをサンプルとして、放射線や抗癌剤治療の効果を確かめる研究の論文が面白かったです。(PubMed)
内容は、
- 患者から採取したがん組織をビブラトームという薄切装置を用いて300 μmの厚さにスライス。
- がん組織のスライスを培地とともに培養皿にいれる
- 放射線照射や抗がん剤(シスプラチン)添加を行い、生存率や細胞増殖を見ることで治療効果を確認する。
- 患者によってがんの放射線や抗がん剤の感受性や耐性が異なることを確認した。
というもので、がん組織から患者に合う治療法を探索するために使うことができそうな結果が得られたようです。
これまで私は生体に近い機能を持つ3次元組織を作り、それを薬の評価などに使用するという研究に取り組んで気ていましたが、既にある患者のがん組織を使って評価するという発想に驚きました。
もちろん、ex vivoという臓器を体外で評価する系というのは知っていました。
がんの場合だと患者ごとにがんの特性がまちまちで一般化できないことや、がん組織は臓器のように切除できないわけではないので、採取して薬の評価に使うという考え方は非常に合理的だと感じました。
ただし、サンプル数が稼げないといった課題はあるようで、薬の効き方は確からしいかということや、評価手法、濃度や処理時間を調べる実験に限りがあるそうです。
これに加えて、がんの多様性は個人の違いだけでなく、その組織の中でも組織の外側と内側で酸素や栄養供給量が違うなどの濃度勾配による影響もあると聞いたことがあります。
スライスすると、この組織の濃度勾配が崩れてしまったり、培地環境で培養するため、本来の機能を維持しているのかという懸念点も気になるところでした。
インクジェットプリンターでマイクロ流路に細胞を配置する研究
薬の薬効評価や毒性評価の実験で、動物実験代替流れが来ており、in vitroの評価系が注目されています。(PubMed)
その中でMPS(Microphysiological System:生体模倣システム)という、in vitroの評価系の開発が進められています。
このMPS、定義は結構広く、2次元培養から3次元培養まで含まれており、その中の一つとして、マイクロ流路を使ったものがあります。
マイクロ流路を使ったin vitroの評価系はOrgan-on-a-Chip(臓器チップ)とも呼ばれていて小さなチップの中で人間の臓器の機能を再現することを目的としています。
そんなマイクロ流路で細胞を培養する方法ですが、細胞を中に接着させる方法が、細胞を流し込んで数時間おいて接着させるという非常に手間がかかり、制御も難しいところが課題だったりします。
その課題を解決できそうな面白い論文がありました。
インクジェットプリンターでマイクロ流路の細胞培養部分に細胞を2種類配置制御して抗がん剤の作用について調べることができるというものです。(PubMed)
内容は
- アルギン酸ナトリウムに懸濁した肝細胞(HepG2)とグリオーマ(神経膠腫:U251)の2種類の溶液をインクジェットプリンターのインクとして用意。
- ガラス基板上にインクジェットプリンターで肝細胞とグリオーマをドット状に配置
- マイクロ流路構造を持つPDMS(シリコーン樹脂)を、肝細胞とグリオーマをプリントした基板に貼り付けることで、細胞をプリントしたマイクロ流路を作製
- マイクロ流路中にカルシウムを含んだ培地を流すことで、細胞を含むアルギン酸をゲル化して固定、培養
- マイクロ流路中に抗がん剤(5-フルオロウラシル)のプロドラッグであるテガフールを添加
- 肝細胞によってテガフールが代謝され、5-フルオロウラシルとなり、グリオーマのアポトーシスを誘導する結果が得られた
というもので、マイクロ流路に細胞を配置することで、抗がん剤の体内での代謝から作用までの過程を再現することができたという面白い内容でした。
マイクロ流路は微小なチップの中で効率よく評価できることをメリットとしているものの、実際にやってみると細胞を固定したり、安定して同じものを作ったりすることが大変です。
この研究では細胞の固定については、インクジェットプリンターで位置を制御して細胞を固定できるところが、マイクロ流路の実用的なところの課題解決で結構役に立つことができると感じました。
論文の中のノウハウ的なところで、細胞(アルギン酸)を固定するためにガラス基板の親水性、疎水性を検討しており、アルギン酸をインクとしたときは親水性の基板上の方がこていしやすい点が、チップ形成の中でのキモとなるところのように思います。
アルギン酸にコラーゲンなどの材料を入れたときに最適な表面特性がどうなるのか気になりました。
ドットのパターンの配置を制御することで、肝細胞で代謝された抗がん剤の濃度勾配を形成でき、一つの流路内で複数濃度の評価ができる点もスループットの点から魅力的です。
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