本記事では、「細胞接着と親水性・疎水性の関係」についてまとめていきます。
細胞接着について、
- 細胞接着に必要な要素
- 細胞はなぜプラスチック培養皿に接着できるのか
- 細胞接着と親水性・疎水性
この3つの項目についてまとめることで細胞接着の基礎をおさらいします。
細胞接着については、細胞培養の基礎としてはもちろん、再生医療・組織工学の研究を理解するために非常に重要な現象なので、押さえておきたい項目です。
「再生医療のアトリエ」は私が大好きな研究である、再生医療・組織工学という人工的に臓器を作る研究について「とにかく楽しく、わかりやすく」をモットーに叡智を綴る場所です。
よかったところ、わかりにくいところ、もっと知りたいところなどコメントいただけると嬉しいです。
細胞接着とは
細胞接着とは、細胞が増殖したり、機能を発現するために足場にくっつくことを指します。
体の外での細胞培養において、細胞を生かす上でとても大事な現象です。
細胞には足場にくっつく接着性のものと、くっつかない非接着性(浮遊性)のものがあります。
臓器を構成する多くの細胞は接着性のもので、このような細胞は足場に接着することができないとアポトーシスを起こして死んでしまいます。(アノイキス (anoikis)とも呼ばれる)
(主に血液関連の細胞は浮遊性のものが多い印象です。)
動物細胞を培養するとき、一般的にはプラスチック製の培養皿の表面に細胞をくっつけて培養して増殖させたり機能評価したりしています。
ここで疑問なのが、なぜ細胞は本来体内に存在しないプラスチックなどにくっつくことができるのか?
見ていきましょう。
細胞は何に接着するのか
細胞接着に必要な要素は、
- 細胞
- 細胞がくっつくための足場
の2つです。
足場として代表的なものが細胞外マトリックス(Extracellular Matrix : ECM)と呼ばれるタンパク質です。
細胞外マトリックスは細胞の周りに網やシートのような構造をとって、細胞が接着する場所を提供しています。
(足場についてはこちらの記事でもちょっと解説)
有名な細胞外マトリックスはコラーゲンですね。
コラーゲンにフィブロネクチンというタンパク質がくっつき、そのフィブロネクチンに細胞膜にあるインテグリンという膜タンパク質が結合することで細胞はコラーゲンとくっついています。
(コラーゲン – フィブロネクチン – インテグリン(細胞))
コラーゲンとフィブロネクチン以外にもたくさんの種類の細胞外マトリックスがあるので別記事でまとめたいと思います。
上記のように、体の中では細胞がタンパク質に対して接着しています。
タンパク質以外にも、細胞が他の細胞を足場にして細胞同士でくっついているケースもあります。
では、プラスチック製の培養皿では細胞はどうやってプラスチック表面にくっつくのか?細胞外マトリックスはどのように関係しているのでしょうか?
細胞がプラスチック基板になぜ接着するのか
前項では、細胞はタンパク質に結合することで接着するとのことでしたが、なぜ細胞はプラスチックの表面にくっつくことができるのでしょうか?
それは、プラスチック表面に細胞外マトリックスであるタンパク質が吸着し、そのタンパク質の上に細胞が接着するからです。
(電気的に細胞を一時的にプラスチック表面に直接くっつけることもできるけど、増殖や機能発現となるとやはりタンパク質が必要になります。)
この細胞外マトリックス(タンパク質)はどこからやってくるかというと、
細胞の培養液に入れる血清にフィブロネクチンなどの細胞外マトリックスが含まれています。
培養液に含まれるタンパク質が培養皿に吸着して、細胞が接着するための足場となる環境を作っているわけですね。
細胞を培養する前に、事前に細胞外マトリックスをコーティングすることもあります。
血清を使わない培養液(無血清培地)を使うときは、細胞外マトリックス成分を培養液に混ぜたり、事前のコーティングが必要になってきます。
ちなみに、プラスチック製の培養皿と表記していますが、ガラス製でも同様です。
<体験談>
前項でも述べたように、細胞接着には細胞外マトリックスとその組み合わせが大事です。
実際に、実験でコラーゲンをコーティングした培養皿とフィブロネクチンをコーティングした培養皿を用意し、無血清培地で細胞を播種してみました。
結果はコラーゲンには接着しませんでしたが、フィブロネクチンには接着しました。
頭ではわかっていましたが、実際に目で見ると本当にそうなっているんだなぁと原理を実感する感じがなんとも言えない気持ちよさでした。
細胞接着と親水性と疎水性
細胞を培養するために細胞外マトリックスがあればどんな培養皿でも培養できるのかというと、そんなことはありません。
細胞外マトリックスであるタンパク質が吸着するための条件が非常に大事になります。
その一つの条件が材料の「親水性・疎水性」です。
別の言葉で表現すると、濡れ性とも言います。(材料表面がどれだけ水に馴染みやすいか)
この指標となるのが「接触角」というパラメーターです。
接触角は、固体材料表面に水滴を垂らして、固体表面と水滴の接線からできる角度を測ることで得られます。
接触角が0°に近いと親水性、180°に近いほど疎水性を示します。
タンパク質は疎水性相互作用という働きによって培養皿表面に吸着しているため、親水性・疎水性のバランスが大事です。
接触角が60°〜70°ぐらいのときが最も細胞が接着しやすい条件になると言われています。(参考:Y Tamada et al. Polymer. 1993.)
接触角がこれよりも大きくても小さくても細胞の接着量は減少します。
タンパク質が失活せずに十分量吸着するような条件なのだと思います。
(親水性・疎水性以外にも、ゼータ電位も重要などの報告もあるそうで、もっと詳しく深堀りしていきたいですね。)
プラスチックは疎水性のため、市販されている細胞培養用の培養皿は上記のように細胞が接着しやすくなるような条件に表面加工(親水化処理)されています。
親水化の方法はプラズマ、コロナ放電、酸化剤などで処理する方法が用いられているそうです。
細胞培養用とそうでないプラスチックシャーレは上記のような処理の有無などが違うので、間違えて購入しないように気をつけましょう。
細胞接着の親水性・疎水性のバランスを上手く応用している技術として、細胞シートというものがあります。
細胞を培養皿から1枚のシート状に剥がすことで移植に応用などされています。
この細胞をシート状に剥がす機構として温度応答性培養皿というものを使っています。
これは培養皿の表面に通常の培養温度(37℃)と冷却状態(20℃)とで親水性・疎水性のバランスが変化する材料をコーティングすることで、タンパク質の吸着力を変化させて剥がしています。(参考)
上記でまとめた原理を上手く制御して応用している例だと思います。
あとがき
以上、「細胞接着と親水性と疎水性の関係」についてまとめた記事でした。
細胞接着について、
- 細胞接着に必要な要素
- 細胞はなぜプラスチック培養皿に接着できるのか
- 細胞接着と親水性・疎水性
3つの項目から細胞接着の原理をおさらいしました。
再生医療・組織工学では人工的に細胞を臓器の形状に誘導したり形成したりしますが、それには細胞を培養するための材料が欠かすことができません。
その材料と細胞がどのように接着(相互作用)するのかが細胞を制御する上で重要になります。
また、細胞を用いたアッセイにおいても、細胞が育つ環境を決める接着の状態は細胞の機能を左右することもあるそうで、基礎研究でも応用研究でも押さえておきたい根幹部分だと思います。
一言に接着といっても、様々な接着様式、接着材料があり、この部分についても本企画記事でまとめていきたいと思います。
「再生医療のアトリエ」は私が大好きな研究である、再生医療・組織工学という人工的に臓器を作る研究について「とにかく楽しく、わかりやすく」をモットーに叡智を綴る場所です。
よかったところ、わかりにくいところ、もっと知りたいこと、間違えているところなどありましたらコメントしていただけると嬉しいです。
参考文献
- バイオマテリアルサイエンス-基礎から臨床まで- 第2版、東京科学同人、山岡哲二・大谷裕一・中野貴由・石原一彦 著
- 多細胞体の構築と細胞接着システム、共立出版、関口清俊・鈴木信太郎 編
- 医用材料の表面処理、筏 義人 著
- 細胞培養基材の紹介、河村健司 著
- 幹細胞用培養基質の開発:現状と課題、谿口征雅・関口清俊 著
- JH Lee et al. Cell adhesion and growth on polymer surfaces with hydroxyl groups prepared by water vapour plasma treatment. Biomaterials 12(5), 443-8 (1991)
- Y Tamada et al. Cell adhesion to plasma-treated polymer surfaces. Polymer 34, 2208-2212 (1993)
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