本記事では、「細胞培養の目的と基礎と応用とこれから」についてまとめていきます。
細胞培養について、
- 細胞培養とは
- 細胞培養の目的
- 細胞培養の基礎
- 細胞培養の応用とこれから
の項目についてまとめることで細胞培養についておさらいします。
細胞培養は、細胞を扱う上で欠かすことができない超基礎的な技術です。
もちろん再生医療・組織工学の研究を理解するために非常に重要であると同時に、再生医療・組織工学から見た細胞培養という視点も面白いので、「細胞培養の応用とこれから」で触れていきます。
「再生医療のアトリエ」は私が大好きな研究である、再生医療・組織工学という人工的に臓器を作る研究について「とにかく楽しく、わかりやすく」をモットーに叡智を綴る場所です。
よかったところ、わかりにくいところ、もっと知りたいところなどコメントいただけると嬉しいです。
細胞培養とは
細胞培養とは、動物や植物から細胞を取り出して、人工的に制御した環境で育てることです。
動物細胞の多くは浮遊状態では生きられないため、細胞を育てる方法として、プラスチックの培養皿などの表面に接着させているケースが多いです。(参考:細胞接着について)
培養する細胞の種類には大きく分けて、初代細胞と株化細胞があります。
初代細胞は生体組織から採取した細胞を直接培養したものです。
ほとんどの初代細胞は一定回数分裂したあと、分裂が止まります。(ヒト線維芽細胞だと25〜40回程度)
この現象を複製による細胞の老化とも呼ばれています。
分裂回数が決まっている理由は、染色体の端に存在するテロメアと呼ばれる染色体を保護する構造があり、このテロメアが増殖するごとに短くなり、ある程度の短さになると増殖できなくなるためです。(ヘイフリック限界)
一方の株化細胞は、一定の性質を保ったままほぼ無限に増殖することができる細胞です。
上記の初代細胞を人工的に遺伝子に手を加えるなどすることによって、テロメアが短くならないようにしているため、増殖が止まりません。
もともと無限増殖能を持つがん細胞を用いたものもあります。
これらを見ていたら無限に増殖する株化細胞の方が使いやすくていいのでは?と思います。
実際には、初代細胞のほうが株化細胞より体の中にいたときに近い機能を発現していると言われています。
ただし、増殖には限界があるため、いつも均一な条件で実験できないことが困ったところです。
それに対して、株化細胞は初代細胞よりも機能の質は劣るものの、性質を保って無限に増殖するため、実験の均一性を保ちやすいことがメリットです。
実験の目的に応じて使い分けることが大事ですね。
<雑談>
細胞培養はいつ頃から始まったのでしょうか?その歴史は下記のようなものだそうです。
- 1860年ごろに臓器を体外で生かす研究が開始。
- 1885年に鶏胚の神経節の一部を体外で数日間生かすことに成功。
- 1907年にカエルの神経組織を体外で数週間維持し、神経細胞が突起を伸ばす様子の観察に成功。
生命現象を体外で初めて観察できたことから、1907年が細胞培養の始まりとされているらしいです。
1907年の実験は、神経生物学者たちの神経線維は単一の細胞が伸びたものか?複数の細胞が融合したものか?という議論に決着をつけるために行われたものだそうで、研究者の仮説を戦わせ、実証を経て白黒つけながら現象を解明していく様子が伺えて面白いですね。
細胞培養の目的
そもそもなぜ細胞培養を行う必要があるのでしょうか?
細胞培養をする目的と理由は下記のものが代表的です。
- 個体・臓器レベルでは見ることができない細胞個々の機能を調べる
- 生体内の生命現象を体外で再現する
- ウイルス研究のための宿主として利用
- タンパク質などの産生
生命現象を解明するためには、生命の最小単位とも言われる細胞一つ一つの機能の解明が重要になります。
個体や臓器を調べても複数の細胞種から構成されているため、全体的な性質は捉えられますが、より根本的な部分は捉えることは難しいです。
そこで、細胞培養を用いて特定の細胞種のみを培養することで細胞個々の機能を調べることができます。
生体外で体内の生命現象を再現することによって、生命現象のメカニズムの解明だけでなく、細胞に対する薬物や毒物の影響を、個体の生命を脅かすことなく調べることも可能になります。
正常な細胞を用いた薬物の危険性の評価や、病気を再現した細胞を用いた薬の有効性を評価することも可能であり、創薬分野においても細胞培養は非常に重要なツールとなります。
ウイルス研究においても細胞培養は重要なツールです。
ウイルスはウイルス単体のみで増えることができず、細胞を宿主として増殖します。
様々な病気の原因の一つであるウイルスを研究する上で、培養細胞という制御された環境下で増殖させたり、感染のメカニズムを解明したり、感染に対する有効な薬を見つけるためのツールとして活用されています。
遺伝子操作を行って、特定のタンパク質を産生するような細胞を作り出し、大量培養を行うことで工業的な目的としても利用されています。
近年は動物ではヒトの生命現象を正確に再現できないことや動物愛護の観点から、化粧品や薬の開発において動物実験代替法という動物実験を行わない方法が注目されています。
特にEUではすでに化粧品の開発において動物実験が禁止されていたりと、徐々に動物実験ができなくなってきており、より一層細胞培養の技術の発展が重要になってきているように感じます。
細胞培養の基礎
細胞培養を行う目的として、生体内の機能を生体外で再現するということがあるように、細胞の機能をいかに生体外で発現させるかが重要になります。
つまり、細胞のために生体内の環境を生体外で再現することが必要です。
そのためには、
- 栄養素
- 酸素や二酸化炭素
- 温度
- 細胞の足場
- 培養容器
などを制御することで、いかにして体内に近い状態にするかが大事になってきます。
栄養素の管理は、主には培養液(培地)の成分を調整することによって行っています。
筋肉系や幹細胞系のような多くのエネルギーを消費する細胞はたくさんの糖分が必要など、細胞の種類に適した成分が異なっています。(参考)
そのため、用いる細胞に合わせて適切な培地の選択が必要になります。
また、酸素や二酸化炭素の濃度や温度が細胞に与える影響も大きく、インキュベーターという温度と気体組成を調整する装置を用いて細胞に適切な環境を作っています。
さらには、動物細胞の多くは接着性であるため、細胞の足場となるタンパク質が重要になります。(参考:細胞接着について)
同じ培地、培養環境であっても、細胞の足場となるタンパク質が異なるだけでも細胞の機能が大きく変わるため、無視できない大切な要素です。
細胞培養の応用とこれから
細胞培養の目的は、生体内の機能を生体外で再現するということでしたが、現状の細胞培養ではそれらを十分に満たすことができているのか?という点に触れます。
現在の一般的な培養方法は
- プラスチック製の培養皿で単層状態
- 細胞種類は1種類
- DMEM(Dulbecco’s Modified Eagle Medium)などの一般的な培養液と血清による成長因子などの添加
という条件で行われているものが多いと思います。
それに対して、実際に体内の細胞はどのような環境に存在しているのでしょうか?
- 3次元的に細胞が複雑な構造を形成
- 細胞周囲の様々な硬さ環境
- 複数の細胞種類が相互作用しながら機能を発現
- 各臓器ごとに異なる栄養素・成長因子が作用
というように、現在の培養環境とは大きくかけ離れた環境です。
これだけ環境が違っていますが、生体外で培養した細胞は生体内と同じ機能を発現しているのか?については、やはりまだまだ不十分な部分が多いとのことです。
機能低下が起きたり、生体内では反応が示される薬剤が応答しなかったりと生体と同じ機能が発現できておらず、モデルや医療用としては未熟であるそうです。
ではどうやって細胞培養で、生体内の細胞のような機能を発現させるのか?というところで、再生医療・組織工学の考え方につながります。
組織工学とは「細胞+足場材料+成長因子で体の外で臓器の構造と機能を模倣した組織を作る」研究分野で、
- 本来の生体内の構造に近い細胞の3次元構造を作る
- 栄養素や成長因子を細胞の3次元構造体に効率良く供給し培養する
このように細胞周囲の構造や環境を生体内に近づけることで、細胞を体内と同じぐらいの機能を発現させるための研究が進められています。
例えば、スフェロイド、オルガノイド、3Dプリンター、ファイバーなどなど様々な技術が開発・活用されているので、これについても別の記事で詳細をまとめていきたいと思います。
もちろん、再生医療・組織工学以外の分野においても、
生化学などによる代謝の観点から、培養液を最適化するような研究(参考)、
物理生物学の観点から、細胞に適した硬さ環境の研究(参考)なども進められており、
様々な分野からのアプローチによって、既存の方法の改善や新たな方法が開発され、細胞培養もまだまだ発展の余地がある状態のようです。
<雑談>
培養肉について
最近食糧問題などの観点から、培養肉についてもかなり注目され、技術が進んできている話をよく耳にするようになってきています。
この培養肉も上記で取り上げた細胞培養の技術は欠かすことができない重要なものになっています。
特に、人の口に入るものであるため、従来使用してきた血清などは代替物に置き換えないといけないなど課題がたくさんあるそうです。
また、実験で使用するよりも遥かに多くの細胞が必要であるため、大量培養の技術も必要になってきます。
そんなこんなで培養肉の実現のためには、下記のような課題が注目されているように私個人的に感じています。
- 低コストな細胞(培養液)
- 高効率な大量培養の方法
- 安全な培養液
- 食感のための組織(臓器)の構造
- 構築した組織(臓器)の培養方法
と結構、再生医療・組織工学においても必要な技術が被っているので、再生医療・組織工学で培われた技術がかなり生かされることと、逆に培養肉で培われてくる技術が再生医療・組織工学にも生かされるようになってくるのかなと感じています。
あとがき
以上、「細胞培養の目的と基礎と応用」についてまとめた記事でした。
細胞培養について、
- 細胞培養とは
- 細胞培養の目的
- 細胞培養の基礎
- 細胞培養の応用とこれから
の項目について、細胞培養についておさらいしました。
細胞培養については、一般的な培地や添加物、培養のプロトコルが広く共有されており、細胞を扱う研究の基礎的な技術であるため、完成している技術かなと思っていました。
しかし、個々のより詳細な機能であったり、創薬のためのアッセイに利用したりするためにはまだまだ不十分な部分も多く、自分の実験系では「本当にその培養方法でいいの?」を常に考えながら実験に取り組まねばとまとめる中で感じました。
細胞に影響を与える培地の組成や細胞外の成分、3次元培養などの応用についてはまた別の記事でまとめていきたいと思います。
「再生医療のアトリエ」は私が大好きな研究である、再生医療・組織工学という人工的に臓器を作る研究について「とにかく楽しく、わかりやすく」をモットーに叡智を綴る場所です。
よかったところ、わかりにくいところ、もっと知りたいこと、間違えているところなどありましたらコメントしていただけると嬉しいです。
参考文献
- 細胞の分子生物学 第5版、Bruce Alberts 著、ニュートンプレス
- 細胞培養入門(ThermoFisher)
- 細胞を培養するってどういうこと?(SKIP Stemcell Knowledge & Information Portal)
- 培養技術者必見!学生さんにもお勧めしたい細胞培養ガイド(Wakenbtech)
- Is it time to reinvent basic cell culture medium? Am J Physiol Cell Physiol 312(5), C624-626 (2017)
- 簡便かつ効率よくヒトiPS細胞を増殖させる培養液を開発―再生医療におけるコスト削減に貢献―(AMED)
- Effects of extracellular matrix viscoelasticity on cellular behaviour. Nature 584(7822), 535-546 (2020)
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