今回は、近年大きく着目を浴びている「オルガノイド」という、人工的に臓器の一部分を再現する技術を盛大に駆使した論文のアウトプットとなります。
iPS細胞から肝臓の一部分を作り出し(肝臓オルガノイド)、それを脂肪肝炎の状態にし、そこに薬剤をふりかけることで脂肪肝炎を治すという内容となっています。
この研究によって、これまで動物実験で行ってきたことを人の細胞で体の外で実験できるようになり、さらに効率的に安価に薬が開発だけでなく、先天的な難病の治療方法の開発への応用が期待される素晴らしい研究だと思います。
論文の情報
論文タイトル:Modeling Steatohepatitis in Humans with Pluripotent Stem Cell-Derived Organoids
雑誌名:「Cell Metabolism」(2019年5月30日)
著者:Rie Ouchi, Shodai Togo, Masak iKimura, Tadahiro Shinozawa, Masar uKoido, Hiroyuki Koike, Wendy Thompson, Rebekah A.Karns, Christopher N.Mayhew, Patrick S.McGrath, Heather A.McCauley, Ran-Ran Zhang, KyleLewis, Shoyo, Hakozaki, Autumn, Ferguson, Norikazu Saiki, Yosuke Yoneyama, Ichiro Takeuchi, … Takanori Takebe.
研究背景
近年、大きく注目されている体の外での臓器を作る方法として、「オルガノイド」というものがあります。
オルガノイド(organoid)とは「organ(臓器)」+「oid(のようなもの)」ということで、体の外で作られたすごく小さな臓器のようなものという理解でよいでしょう。
具体的な作り方として、ES細胞やiPS細胞といった幹細胞を、体内を再現したような環境で、適切な試薬を適切なタイミングで添加することで、細胞たちが自分たちで臓器のような形になっていきます。
発生といって受精卵から人の形になるまでの工程を体の外で真似(模倣)しているそうです。
肝臓は解毒作用をはじめとした様々な役割を持つ重要な臓器です。
肝臓の病気として非アルコール性脂肪肝炎というものがあるそうで、肝臓の細胞に脂肪がたまることで発症するそうです。
名前的に肥満の人がかかりそうですが、全ての人に発症する訳ではなく個人差がすごいそうです。
このような、個人差が大きい病気に対する薬の開発のためにはその人にあったモデルを作ることが必要とされています。
しかし、これまで体の外での細胞培養では、この病気を再現することができませんでした。
今回の論文は、iPS細胞から肝臓のオルガノイドを作り、それを非アルコール性脂肪肝炎と似た状態にすることを達成したそうです。さらに、そこに薬を添加すると症状が改善するということを示しています。
また、生まれながらにして脂肪肝炎になってしまう遺伝子の異常を持ったiPS細胞を使って同様の実験を行うという、iPS細胞の利点をふんだんに利用した論文になっています。
研究内容
この論文のポイントは下記の3つだと思います。
- オルガノイドという多種類の細胞から構成される組織
- 病気の状態の再現
- 治療方法の探索
まず、これまで非アルコール性脂肪肝炎を再現できていなかった理由として、実際の肝臓はたくさんの種類の細胞から構成されています。
一方これまでの細胞培養ではたくさんの種類の細胞をうまく制御することができていませんでした。
しかし、オルガノイドという臓器の作り方を利用することで、たくさんの種類の細胞を含む組織体を作ることができます。
こういった違いが、今回の論文で病気が再現できたのではないかと言われています。
次に病気の状態の再現として、作った肝臓のオルガノイドに油(脂肪酸)を添加して培養すると、脂肪肝炎に特徴的な炎症状態、さらにはオルガノイドが炎症によって硬くなるという結果が得られたそうです。
これは実際の病気の状態によく似ているそうです。
そして、生まれながらにして非アルコール性脂肪肝炎になってしまうwolman病という病気にかかった人のiPS細胞を使ってオルガノイドを作ると、しっかりと病気の状態を再現できたそうです。
この病気の状態を再現できただけでもすごそうですが、この論文では、さらに病気の状態にしたオルガノイドを治す方法を探索しています。
これまでの、治療方法は1人当たり約7000万円/年かかっていたそうで、いかに安くて有効な薬を探せるかが鍵だそうです。
そこで、この病気の状態にした肝臓オルガノイドにFGF19というタンパク質を添加すると、病気の症状が改善するという結果が得られたそうです。
このことから、この病気の状態のオルガノイドは効果のある薬を探すためのモデルとして非常に有用ではないかということです。
iPS細胞を利用した創薬開発の研究に大きな発展が期待できそうなワクワクする論文ですね。
雑談
よくニュースで今回のようなオルガノイドの論文が記事となるときに、「臓器ができた!」というように書かれることがあります。
しかし、実際のところオルガノイドは臓器の「一部分が似ている」程度で、実際の臓器に比べたらまだまだ改良の余地があるのが現状です。
体の中では、必要な因子が必要なタイミングで必要な部分にピンポイントで作用しています。
これに対して、体の外では必要な部分にピンポイントで作用させることはまだまだ難しく、数μmぐらいの小ささで、因子を細かく制御する方法などが必要なのではないかとか、議論されているそうです。
海外では、この制御にあたって3Dプリンターを使うといった研究が進められています。
これからどのように発展していくのか非常に楽しみなところですね。
意外とすぐに臓器ができてしまうかもしれません。
今回の論文の著者の最後に書かれている武部先生(責任著者)は、なんと横浜市大内で最年少で教授の職についたほど非常に優秀な先生で、今回使用していた肝臓のオルガノイドの先駆者と言っても過言ではないすごい方だそうです。
これからのご活躍が大きく注目される研究者の1人ですね。
31歳教授、横浜市大で誕生 学内で現役最年少、朝日新聞(2018年1月23日)
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