今週気になった論文や研究の話題についてのアウトプットです。
主に再生医療・組織工学、培養肉、AIの研究が中心。
今週(2023.11.27〜12.2)気になった研究・話題は以下の通り
- ゲル・ゲル相分離で組織再生できるゲルを作る研究
- 3Dプリンターでオルガノイド用培養プレートを作る研究
- 再生医療用の現場にヒューマノイドロボットを導入する研究
ゲル・ゲル相分離で組織再生できるゲルを作る研究
ハイドロゲルといえば当ブログがメインで扱っている組織工学に欠かすことができない材料の一つです。
このハイドロゲルについて水と馴染みやすいはずのゲルが、含水率を増加させることで何故か水と馴染みにくくなり、さらには細胞が接着しやすくなるという非常に不思議な研究が面白かったです。(日本の研究.com)
研究内容は、
- PEG(ポリエチレングリコール)の含水率を調整したゲルを作製
- 含水率が94%のときはPEGゲルは透明で均一なゲルであり、本来通りの親水性の状態を示す。
- 含水率が99%になるとPEGゲルは不透明でスポンジ状となり、何故か疎水性の状態を示す。(ゲル・ゲル相分離)
- ゲル・ゲル相分離を起こしたPEGゲルをマウスの皮下に移植すると細胞がゲルの中に浸潤していた
というもので、本来の親水性を示すPEGゲルとは思えない不思議な特性を持ったゲルになっていました。(PubMed)
この親水性・疎水性と細胞接着についてはこちらの記事で解説しています。
PEGは普通の状態だと親水性が強くて細胞が接着しないはずなのですが、疎水性になることでタンパク質が吸着しやすくなり細胞が接着するようになったんですね。
これまでのPEGを使った研究は細胞接着性を付与するために、細胞接着性の材料を修飾することがほとんどでした。
しかし、今回の研究ではゲル・ゲル相分離によってPEGゲルが疎水性になっただけで細胞が接着するようになるとのことで本当に驚きです。
この研究の応用性の高さも魅力的で、高分子材料を医療に応用するときは、その材料が安全であるという認可を受ける必要があります。これがかなり大変らしく、ベースの高分子が同じでも修飾して改変してしまうと再度認可を受けなければならないとか。
PEGはすでにFDAに認可を受けている材料で、今回の研究で他の材料を修飾しなくても細胞接着性が付与できるという点が応用に有利な点だと思います。
この研究ができたときは、親水性のPEGが含水率が変わっただけで疎水性になるはずないとなかなか論文が認められなかったとのことで、この研究がどれほどすごいことなのかがわかりますね。
3Dプリンターでオルガノイド用培養プレートを作る研究
オルガノイド培養が注目され、近年はモデルとしての応用例の報告が増えてきたように思います。
ただ、オルガノイドの培養はプロトコルが複雑だったり、再現性が低かったりと結構難しいものです。
オルガノイドのプロトコル集を見ていてその複雑さについ笑ってしまった程です。
そんな問題を解決しようということで、3Dプリンターでオルガノイド培養用のデバイスを作ればいいじゃないかという研究が面白かったです。(PubMed)
研究の内容は
- 3Dプリンターでオルガノイドを保持する6×7 mmのフレームを作製、その外側に培養液を保持するための大きなフレームを作製。これらをPDMS(シリコーン樹脂)の上に設置することでオルガノイド培養用のプレートとした。
- オルガノイドを保持する領域に細胞を播種、その外側から培地の出し入れをすることで、凝集体の形成、分化、成熟化の一連のステップをこのデバイスだけでできた。
- できた脳オルガノイドの形態、遺伝子発現、機能を調べると、従来のプロトコルと同じかそれ以上の機能を示していた。
というもので、従来のプロトコルでは、凝集体の形成は96wellプレート、分化は24wellプレート、成熟化は6wellプレートなど各ステップでオルガノイドを移し替える作業が必要だったのですが、このプレートを使うことで移し替える必要もなく、同等以上の機能を持つオルガノイドが作れたそうです。
3Dプリンターで使用する材料は光硬化系の樹脂を使用していて、細胞毒性は大丈夫なのか疑問でしたが、しっかりと細胞に毒性が無いことを確かめられていました。
構造としても工夫が多く、3Dプリンターで造形したものは表面が層状の模様がついてしまい、細胞培養の表面としては不均一になってしまうのですが、この研究ではそこもケアされていました。表面にコーティングを行うことで、表面をなめらかにし、細胞の凝集を阻害しないようにしていました。
他にも、内側のフレームに小さなスリットを入れておくことで、細胞は流れ出さないけれど培地交換時スムーズにできるということで、培地交換時の細胞のロストを防げる点も魅力的でした。
オルガノイドのような煩雑な培養方法に対して、ロボットを使って人の手技の影響を取り除いて安定化する方法も開発されていますが、この研究のように3Dプリンターを使って小規模に解決する方法も研究室レベルでは使いやすくて良いと感じました。
最終的に自動化するときも、培養プレートの方で簡便化できていれば機構を簡単にできるので将来的にもメリットが大きいですね。
再生医療用の現場にヒューマノイドロボットを導入する研究
人間の動きを模倣して細胞培養ができるロボット「まほろ」に関する研究です。(日本の研究.com)
「まほろ」は2本のロボットアームを持ち、熟練者の細胞培養時の動きを模倣することで、品質の高い細胞を培養することができるロボットです。
最近AIと組み合わせた動きの最適化や、製薬企業でも培養から評価までの自動化のシステムとして利用されていたりと、非常に注目を集めていますね。
今回そのまほろが再生医療で使用する臨床用の細胞を培養するシステムに組み込む研究の報告がありました。(ScienceDirect)
研究の内容は、ロボットが臨床用途で要求される無菌条件を満たして細胞を培養できるかを確認する目的で、
- ロボットを導入した細胞培養加工施設(R-CPF: Robotic cell processing facility)を作製
- R-CPFの換気状況を測定したところ、条件を満たす換気状況だった。
- ロボットの動作による菌の混入について調べたところ、基準値に収まる結果だった。
という結果だったそうで、まほろを導入した細胞培養加工施設は臨床用の細胞を作製するのに問題が無いことが示されていました。
今回の検証では分化誘導が終わり、ストックされた細胞を解凍・培養する最後の工程のみが対象とのことですが、今後ロボットが処理できる対象工程は追加されていくとのことです。
普通に行う細胞培養もかなり大変で、作業者によっても結果のブレが生じて面倒なことが多いですよね。それが臨床レベルの厳密さを要求されると大変さもさることながら神経がすり減るものだと思います。
このような作業がロボットに置き換えることで、人の負担軽減ができ、品質も安定することになればありがたいものです。
アステラスなどの製薬企業がロボットを導入した薬のスクリーニングシステムを構築したりとまほろなどの培養ロボットの活躍は興味を持って追っていましたが、ついに再生医療の現場にも導入されていく流れができていて、今後の情報が出てくるのもワクワクしますね。
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