本記事では「シングルセルレベルでヒトの全細胞の地図を作る研究」について面白い論文を読んだのでアウトプットします。
生命の最小単位は細胞とよく言われています。
この細胞の1つ1つの遺伝子を解析する「シングルセル解析」を用いた研究が、生命を理解するために注目されています。
このシングルセル解析を用いて、ヒトの細胞の全体像を明らかにしようという研究が進められており、
Xiaoping Han et alがNatureに「シングルセルレベルでヒト細胞の全体像を作る」という研究成果を報告していました。
- ヒト細胞の全体像がわかると何がわかるの?
- どんなことができるようになるの?
について、臓器を作る研究者視点での考えをアウトプットしていきます。
生命現象の理解もさることながら、臓器構築においてもかなり有用な研究であると感じました。
シングルセル解析とは
細胞の遺伝子解析と聞くと、たくさんの細胞の塊から遺伝子を抽出して、増幅して、解析してというイメージを持つ人が多いと思います。
ところがこの方法では、細胞の集団の平均的な状態しかわからないとのことで、細胞や臓器などを本当に理解するには少し解像度が低いのではないかとのことです。
ならば生命の最小単位である細胞1つ1つの遺伝子情報を調べようというのがシングルセル解析というものです。
日本では2005年から文部科学省のプロジェクトで本格的に始動したとのことです。
PubMedというデータベースで論文を検索してみると、年々ほぼ右肩上がりで、2020年だけでも7200報も論文が出されており、なかなか注目されている研究分野だと思います。(PubMedで”single cell sequencing”で検索)
恥ずかしい話で自分がシングルセル解析についてしっかりと認識したのは2016年ぐらいと、かなり遅いですね。
シングルセル解析でできること
シングルセル解析を行うことでわかることって一体なんなのでしょうか?
- 細胞の個性を明らかにする(細胞の分類)
- 発生による細胞の変化の過程を捉える
- 細胞間の相互作用
ということがわかるようです。
これがわかったからどうなのという話ですね。
例えばヒトの体を維持するための臓器はたくさんの細胞の集合体です。
様々な細胞が働き、協力しあって生命機能の維持をしています。
この臓器を構成する細胞を全て特定して、それぞれの働き、協力しあうことでどの様な働きをするのかを理解することは、生命現象を明らかにするのに大事です。
生命現象を理解するのは病気の治療を行うために欠かせないものです。
他にも、がんを例にあげると、がんの組織も1種類のがん細胞ではなく、複数種類のがん細胞から構成された不均一な組織であることが知られています。
抗がん剤がよく効くものもあれば、効かないものもあります。
これがなかなかがんを根治できない厄介な所の一つでもあります。
シングルセル解析でがん組織を構成する全てのがん細胞を把握できれば、解決の糸口が見つかる可能性が高まるということですね。
再生医療でも、シングルセル解析が役に立つことを過去記事「1細胞解析は再生医療でも重要な技術というメモ」でアウトプットしています。
主に再生医療の分野では、移植にしようする細胞の機能が目的の細胞と同じかどうかを判断するなどの使い方があるとのことでした。
シングルセル解析で細胞の地図を作る
そんなシングルセル解析の技術ですが、過去記事でも触れた全細胞アトラス(Human Cell Atlas : HCA)ができつつあるとのことです。(参考:Laboratory for Bioinformatics Research)
それがこちらの論文です。
ヒトの全ての臓器でシングルセル解析を行って、一つのプロット上で分類を行うことで細胞の種類や細胞の繋がりを捉えようという研究です。
まさに細胞の地図を作るというものですね。
面白いなと思った研究結果は下記の4点です。
- 臓器を構成している細胞の種類がわかる
- 非免疫細胞にも免疫機能があって、臓器の部位特異的に機能してるのではないか
- 胎児と成体では細胞の状態が異なる
- オルガノイドや幹細胞からなる胚様体を構成する細胞種類の特定
これまで見つかっていなかったような細胞も見つかったりと、生命現象を理解する上では欠かせない重要な技術だと感じました。
近年注目を浴びているオルガノイドについても、臓器との比較として実験結果が載せられていましたが、本来あるはずの細胞が足りないとのことで、オルガノイドもまだまだ改善の余地があることがわかります。
臓器をつくる研究に携わる私としては、「臓器を構成している細胞の特定」というのはかなり気になる部分です。
一種類の細胞から構成されている臓器はありません。
複数種類の細胞が微細かつ複雑な構造を持ちながら緻密に相互作用することで臓器が成り立っています。
肝臓であれば、肝細胞、胆管、血管などなどが相互作用することで機能を発現しています。(PubMed)
心臓であれば、心筋細胞、線維芽細胞、血管などが相互作用することで働いています。(PubMed)
どんな種類の細胞がどのように絡み合って臓器を構成しているのかわかるというのは、臓器の設計図の一部を手に入れたようなものですね。
正確には、臓器を構成しているのは細胞だけでなく、細胞外マトリックス(ECM)という、コラーゲンなどのタンパク質もあるので、細胞の情報だけでは不十分なのですが。(PubMed)
ECMの方についてはそれはそれで網羅的に解析しようとしている研究があるので、これらの情報の融合が大事だと感じます。(参考:マウスの全体のECM(特に基底膜メイン)を調べたデータベース)
今回ピックアップした論文では、発生の段階で、細胞の状態が違うとのことで、臓器を作る上でどの段階の細胞を用いて、どの段階の臓器の構造を作るのかというのが、やはり一つの戦略になるのかなと再確認することができました。
シングルセル解析を行うための技術
上記に紹介した論文で使われていた「シングルセル解析を行うための方法」は「Microwell-seq」というものが使われていました。
詳細については引用で他の論文で解説されていました。(PubMed)
アガロースゲルで細胞1つが入るような大きさのwellを作り、そこに細胞をトラップ、
磁気ビーズにmRNAを固定して回収して、解析を行うというものです。
ただこの方法でも処理できる細胞数はまだ足りないとのことで、今後より効率的なシングルセルの処理技術の開発が期待されています。
「シングルセルでなにがわかるか」という参考書でも、様々なシングルセルの処理方法について記載されていましたが、やはりサンプルの処理性能については課題が多いとのことです。
まとめ
本記事では「シングルセルレベルでヒトの全細胞の地図を作る研究」について面白い論文を読んだことのアウトプットでした。
臓器をつくる研究に携わっている身からすると設計図の様な有り難みを感じる研究でした。
こういう基礎研究があるからこそ、応用研究がより進むと改めて再確認させられますね。
そして解析技術の発達については、応用研究による解析技術などの向上があるからこそ基礎研究が進むということがよく感じられた論文でもあったと感じました。
参考資料
- 細胞運命決定機構を明らかにするシングルセル遺伝子発現解析、坂本 智子 et al. 日薬理誌、153,61~66(2019)
- シングルセル解析で何がわかるか、竹山春子・細川正人 編、化学同人
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