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【アカデミアを離れてみたら】アカデミアの外での博士の生き様が綴られた良書【博士号の歩き方】

研究の姿勢
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本記事では「アカデミアを離れてみたら 博士、道なき道をゆく」を読んで感じたことや共感したことをアウトプットします。

アカデミアから離れた博士の方々のその後の生き方が綴られています。

  • 博士課程に進学して、進路に悩んでいる人
  • 博士に進学しようか悩んでいるけど将来が心配な修士の人
  • 博士をとってアカデミアから離れて自分の道が正しかったか悩んでいる人

そんな人たちの道しるべになるような経験談が、総勢21名分(+1名 あとがきの方)綴られている、悩める人に寄り添ってくれるような素晴らしい本です。

実際に読んでみて、本当に様々な生き方があり、どの生き方もその人にしか歩めない唯一なものであると感じました。

その中で共通しているかなと思う点は下記の3点です。

  • アカデミアから離れても何も終わらない
  • 自分が選んだ道を豊かにすることが大切
  • どこでではなく、どういう人で在りたいかを持って生きること

現在進路で不安や悩みを抱えている人にぜひ手にとっていただきたいなと思う素敵な本でした。

書籍情報

タイトル:アカデミアを離れてみたら 博士、道なき道をゆく
編者:岩波書店編集部
出版社:岩波書店

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「アカデミアを離れてみたら」を読んだ理由・きっかけ

この本との出会いは、書店を徘徊していた時にふと目が合い、最後の一冊だったので運命を感じたことがきっかけでした。

なぜ見つけた時に不意に手を伸ばしたのかについて、後から考えてみました。
おそらく、自分が博士号をとって、企業で研究者として働くことを決める際に、アカデミアに残るか企業に行くかとっても葛藤した時があり、その葛藤が多分残っていたのだろうと思います。

自分と同じ悩みを抱えていた人たちは何を思い、その道を選び、どんな志で今を生きているのか知りたいと思っていたからかもしれません。

実際に手にとって読んでみて、自分が進む道について抱えている悩みを払拭するヒントを与えてくれる、あの時手にしてよかったと思える素晴らしい本でした。

「アカデミアを離れてみたら」で綴られていること

章構成

はじめに
1 企業につとめる
2 組織にとらわれずに生きる
3 教育・研究をささえる
4 組織をおこす
5 「越境」を重ねて
あとがき

「アカデミアを離れてみたら」、目次

綴られていること

博士号取得後、アカデミアを離れて各々の道を歩み続けている総勢21名+1名の体験談が綴られています。

  • 企業で働いている人
  • フリーランスとして活躍する人
  • 教育に携わる人
  • 研究を支える人
  • 起業する人
  • 指揮者になる人

本当にたくさんの人の唯一無二の経験談が綴られています。

どの人も、アカデミアの世界から離れる葛藤を抱きながらも、離れた先で志を持って自分の生き方を歩んでいる素敵な方々ばかりでした。

その中で共通しているかなと思う点は下記の3点です。

  • アカデミアから離れても何も終わらない
  • 自分が選んだ道を豊かにすることが大切
  • どこでではなく、どういう人で在りたいかを持って生きること
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「アカデミアを離れてみたら」を読んで共感したこと

アカデミアにいても必ずしも研究を満足にできる訳ではない

近年のアカデミアでの大きな問題の一つですが、ポスト不足、研究費不足、教員の負担の増加に対する不安を抱いている方が多い印象を受けました。

ポストを取れなかった人の実力不足、研究費を獲得できなかった人の実力不足という人もいますが、そう責めるには厳しすぎるほど、日本のアカデミアの競争は激化しているように感じます。

大学の運営費の削減による、冷暖房が使用できないこと、電灯すら自由に使えない、そんな劣悪な環境で研究をしなければいけないという人もいました。
こんな中で雑務をこなしながら研究室を運営し、学生の指導も行わなければならないというのは過酷以外の何ものでもないですね。
ここまでくると個人の努力の範疇を超えています。
これらのような不安は、やはりアカデミアに残るかどうかを考える大きな要因の一つだと思いました。

現に私の周りでも、研究費がなく、資金繰りに苦しむ教員の姿が多かったです。
資金繰りに困るだけならまだマシな方かもしれませんが、そのほかのお仕事の負担もかなり大きく、論文も読めない、知識がアップデートできなくて、教員と議論が成り立たないケースを経験したことが何よりも辛かったです。
そしてこのような状態になってしまうと、研究室の大事な実働部隊である学生の指導すらできません。
つまり研究室の研究がまともに進まな状況が生まれてしまい、業績も増えず、研究資金獲得にも悪影響を与え、より状況が厳しくなる負のスパイラルに陥ってしまいます。

こんな姿は数ある研究室の中の一例ということはわかってはいますが、事実であることも間違いありませんでした。
ただでさえ、研究に集中する機関であると思っていた大学で満足に研究できず、自分も大学に残ったらこうなってしまうのかという不安感は非常にメンタルにきました。

大学でポストを得ることができても、研究には直接関われないどころか、自分で研究のことも考えられなくなるようになると思うと、大学に残りたいというこだわりは徐々に弱くなって行きました。
もちろん企業に行ったからといって満足に研究できる訳でも、雑務から解放される訳でもありません。
大学でも企業でも、上に行くほどマネジメント色が強くなるのであれば、どっちにいっても大して変わらないのではないかと思ったのが、私がアカデミアを離れてもいいのかなと考え始めたきっかけでした。

アカデミアから離れたら博士として終わるのか

「アカデミアを離れて就職する人は負け組」
信じられませんが、今でもたまに聞くような言葉です。

何と戦っているのかよくわかりませんが、アカデミアという激しい競争を勝ち抜いて生き残ることに対するプライドであったり、価値観からくるような言葉だと思います。

この本でも何人かの方が、博士課程に進学するということは、これからその競争の中で戦って行くことを意味し、就職することは負けるという考えに縛られていたそうです。
そんな中、実際に離れてみても、何も終わらなかったことに気づかれたそうです。

やることが対して変わらなかった人もいれば、変わったからこそ自分がやりたいことを満足に取り組むこともできたという人もいました。

私自身も、アカデミアから離れたら研究も満足にできないのかと思っていました。
しかし、企業でもがっつり研究をやっているところはあります。そして、運良く自分はそんな企業に受け入れてもらえることができました。

大学と共同研究を行う部署に配属されたので、むしろ大学にいた時とやることはほぼ変わっていません。
テーマ設定が「何が新しか」から「何をどうやって社会に実装するか」に変わったぐらいでしょうか。もともと工学分野で、割と後者寄りの前者であったことから、変わったと言ってもほんの少しだけです。

研究費獲得についても、アカデミアは競争的資金などをとって来る必要がありますが、企業でも研究予算は限られているので、いかに納得して予算をつけてもらえるかの苦労は似たようなものだなと感じます。

働き方は大学よりも制限が大きいので自由度は低いですが、「その制限の中で成果を出すには?」を考えることでより効率的にできるようになったと思います。
すべき仕事が明確になったので、雑務もかなり減って研究に集中できるようになった点はかなり大きなメリットだと感じています。

このような環境なので、実際に企業で働いてみても、研究者という属性自体は変わっていないように感じます。

私自身もアカデミアから離れたら博士としての研究者の在り方が終わってしまうのかと思っていましたが、思い切り能力を発揮できるような環境があってむしろ始まったとも言える気分でもあります。

自分の能力を発揮できる環境は大学以外にもあり、そういう環境を見つけるのも大事なことなんだなとこの本を通して、改めて確認することができました。

はじめに声をかけられたのが企業だった

企業に決めたきっかけとして、はじめにオファーがかかったのが産業界だったからという人もいました。

進路選択では、「絶対にアカデミアがいい」「絶対に企業がいい」「アカデミアは嫌」という様々な理由があるかと思います。
とは言っても、残りたいと願ってもアカデミアに残りたいからといって残れるものでもありません。
ポストには実質的な年齢の壁もあるときもあります。
分野にもよりますが、年齢を重ねるほど転職も不利になる場合もあります。
結婚、出産などの人生のイベントの都合もあります。
人によって様々な判断基準があります。

その理由を天秤にかけて考えた時に、どちらか一方に覚悟を決める人もいれば、アカデミアか企業の両方で探し、決まった方を選ぶ人もいます。
この本でも様々な動機でアカデミアを離れた人たちの例が記されていました。

自分も企業に決めたきっかけは、先に声をかけられたからでした。
「どちらかで職探ししないと」と思っていたところで、共同研究してた企業からオファーをいただきました。
アカデミアに進んでも満足に研究ができる確率が高い訳ではない例が周りで多かったこともあり、運命に身を委ねてみようと思った理由もあります。
共同研究していたので、内情についてはなんとなく把握できていたのも大きいです。

その後、アカデミアからもオファーをもらいましたが、

  • すでに企業でのお仕事が始まっていたこと。
  • ここでの仕事を区切りのいいところまでやりたいこと。
  • やはりアカデミアでは将来の不安や心配が大きいこと。

などの理由でお断りしてしまいました。

企業は企業で研究をするためのハードルはアカデミアと違う部分で高いところがありますが、それでもきちんと研究に取り組むことができていて今は割と満足できる環境だと思っています。
生きる理由や目的は人それぞれ違い、選択に正解や間違いはないので、人生選んだ方を豊かにすることが大切だなとつくづく感じます。

博士の役割とは

この本では、それぞれの人が博士とはどんな人なのかという哲学を持っている人が多かったように感じました。
その中の一つで、とても共感したことが下記の言葉です。

博士 知の種を蒔く人

社会の中で企業とアカデミアの役割は違いますし、そこにきちんと線を引くことは必要です。

世界における問題は複雑化、高度化しており、企業だけ、アカデミアだけで解決できるものでは無くなっています。本来、大学院重点化は博士の多様な分野での活躍を想定したものと聞いていますが、残念ながら未だ十分に機能していないとも言われています。それぞれの役割をリスペクトしながら、社会や世界の問題解決に貢献していく、博士とはそういう知的な架け橋になるべき存在ではないか、と改めて感じています。

「アカデミアを離れてみたら」、p47

ここは私自身もこれまでにアカデミアと企業間の共同研究を経験してきてずっとそう思っているところです。
企業とアカデミアの研究の役割は確かに違います。

これまでにないものを作ったり、見つけたりする科学の地図を広げていくことがアカデミアの役割だと考えています。
そして、その科学の知見の中からいかに世の人たちに還元できる「もの」にできるかが企業の役割であると考えています。
基盤と出口のどちらのアプローチもないと大きな課題は解決できないことは確かにその通りだと思います。
どちらも経験しているからこそ、それを繋ぐことができる人になりたいと心から思います。

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まとめ

以上、「アカデミアを離れてみたら 博士、道なき道をゆく」を読んで感じたことや共感したことのアウトプットでした。

アカデミアから離れた博士の方々のその後の生き方が綴られており、

  • 博士課程に進学して、進路に悩んでいる人
  • 博士に進学しようか悩んでいるけど将来が心配な修士の人
  • 博士をとってアカデミアから離れて自分の道が正しかったか悩んでいる人

そんな人たちの道しるべになるような経験談が綴られている、悩める人に寄り添ってくれるような素晴らしい本です。

実際に読んでみて、本当に様々な生き方があり、どの生き方もその人にしか歩めない唯一なものであると感じました。

自分はすでにアカデミアでの分岐点を一つ越え、企業を選びその道を悔いの内容に歩んでいこうと決意していたが、自分の選んだ道が正しいかどうかの不安がずっとありました。
この本を読んで、選択したこと自体は正しいも間違いもなく、選んだあとで自分が納得できるものにすることが大事なのだなと気づかされました。

博士過程に進学したい人、博士課程の人、博士号を取得した人で自分の進む道で悩みや不安を抱えている人は、ぜひ手にとって見て欲しいと感じる一冊です。

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